山野哲也選手監修ドラテク講座「ブレーキングを極めよ!」

スポーツドライビングにおけるブレーキングの重要性

前編の「山野哲也選手直伝“これまでのドライビングを超えられるか”」に続き、続編として「ブレーキングを極めよ!」をお届けしよう。なお、ここでご紹介する内容は、山野哲也選手がプライベートレッスン(関連記事)で語っていた内容や、質問への回答をまとめたもの。スポーツドライビングに特化した技術であるという点と、前編と内容が一部重複することをご了承いただきたい。


レーシングドライバー山野哲也氏。全日本ジムカーナ選手権ではこれまでに19回チャンピオンに輝いたほか、SUPER GTでは唯一、3年連続チャンピオンを獲得。パイクスピークインターナショナルヒルクライムでは、日本人最速記録を持つ。

ご存じのように、運転の基本とされているのは走る・曲がる・止まるの3つ。その中で最も重要なのは何かと山野選手に質問したところ、「止まる、ですね」と答えてくれた。はたしてその理由は?
「なぜ重要かというと、走る・曲がる・止まるの動作のなかで、もっとも高いGが発生するのが、“止まる”なんです。加速Gよりも、コーナリングGよりも、減速Gは高い。モータースポーツの世界ではタイムが速い方が勝ちであると考えると、ブレーキングは、一瞬のうちに速度変化を作り出すことができる有効な手段です。そのぶん難しくもあるのですが、難しいということは、それだけドライバーの力量が発揮されるということですね。だからブレーキングを正確に行うことは勝つために重要な要素なのです」

ブレーキングには2種類ある

では、理想的なブレーキングとは、どのようなブレーキングなのか。山野選手に聞いてみた。
「理想とするブレーキングは、厳密にいえばコーナーごとに違いますし、路面状況によっても異なりますが、速く走らせるためのセオリーはあります。それを紹介しましょう。まず、ブレーキングは大きく分けて2種類あります。“止めるためのブレーキング”と、“曲げるためのブレーキング”です」と山野選手。


モータースポーツでタイムを削り落とすという観点から、「ブレーキングは最も重要」と話す山野選手。

「まず止めるためのブレーキングですが、速く走らせるためにはブレーキポイントをなるべく奥にとり、ドッカーンと力強く踏むのがポイントです。これがいわゆる“レイトブレーキング”と呼ばれるもので、タイムを稼ぐ近道となります。さらに、初期で強く踏むということは、その時点ではまだ速度が高いのでタイヤがロックしにくいのです。走行時にはホイールやブレーキローターなどの重い部品が高速で回転しており、強い慣性モーメントが働いています。そのような大きなエネルギーが働いている時の方が、タイヤはロックしません。そこで最大の減速Gをかけるというのは実に効率がいいのです」。


初期のブレーキングでは強く、短時間で速度を落とす。これができれば、コーナーでブレーキポイントを奥にとることができ、速度の出た状態を長く保つことにもつながる。

なるほど。では次に“曲げるためのブレーキング”を教えてください。
「曲げるためのブレーキングは、ブレーキングによりコーナーに進入していく最適な姿勢を作り出す技術です。よく“ブレーキを残してコーナーに入る”といいますが、それと同じですね。このとき減速するという目的と、曲げるという目的を同時に行うことになりますが、比重が大きいのは曲げることです」


山野哲也選手のコーナリング。ブレーキングを残してコーナーに進入することで、クルマが曲がりやすい状態を作り出している。

コーナーによって、止めるためのブレーキングと、曲げるためのブレーキングを使い分けるのですね。
「その通りです。ただ、実際にはこのふたつのブレーキングは組み合わせて行う場面が多いです。レイトブレーキングにより短時間で速度を落としたら、そこからコーナーのクリッピングポイントに向けて減速しつつ操舵を加えることで、クルマが曲がりやすい姿勢を作ってあげることができます。ここで重要なのは、止めるためのブレーキと曲げるためのブレーキをスムーズにつなげていくことです。これができると一段上のドライビングが実現すると思います」

ブレーキングと操舵のそれぞれのコツは?

その“止める”と“曲げる”のふたつを組み合わせたブレーキングのコツを教えてください。まずブレーキ操作はどうすればいいでしょうか?
「イメージとしては、最初に100%の力でブレーキペダルを踏み込み、そこから半分くらいまで緩め、さらに徐々に踏力を弱めていきます。パーセンテージでいうと、100-50-40-30-20-10%という感じです。最初の100%の全開ブレーキングで十分に減速したら、50%くらいまで緩め、操舵を入れる。なお、ハードブレーキング中はABSが作動することがありますが、曲げる時はABSがかからないところまで緩めてやるようにします。もうひとつ重要なことは、コーナーのクリッピングポイントを通過する時が、速度の最低点となるように走ることです。つまりクリッピングポイントまでは減速が続く状態となります」


ハードブレーキングの後、踏力を弱め、旋回姿勢を作り出す。イメージとしては、100-50-40-30-20-10%という具合に緩めていくという。

では次に減速中のステアリング操作について教えてください
「ステアリング操作については、基本的にはクリッピングポイントに向けて、なだらかな曲線を描きながら曲がっていけることが理想です。ステアリングは一定の舵角で曲がるのがいいとも言われていますが、ワインディングロードを気持ちよく走るような“横Gを一定にするスムーズドライビング”をするときなどは、それで正解だと思います。そうしたドライビングの領域でも、減速Gを感じながらステアリングを切り込んでいくと、車体の後ろ側がコーナーの外側にほんの少しだけ振り出されるような感覚と同時に、車体の前側がコーナーのイン側に近づいていく挙動を味わうことができると思います。これがいわゆる“ブレーキングで曲がる”という状態です」と山野選手。

競技レベルでは、どう変わってくるのでしょうか?
「競技レベルでいうと、一定のステアリング操作で曲がれるというのは、タイヤのグリップを使い切っていない、まだ限界まで余裕がある状態ということができます。タイヤのグリップの限界ギリギリまで使うドライビングでは、ステアリングを小まめに切っているような動作を繰り返すことになります。F1ドライバーのオンボード映像で、コーナリング中にステアリングを細かく動かしている操作を見たことがあると思いますが、あれは何をやっているかというと、クルマがオーバーステアやアンダーステアになりそうなときに、ニュートラルステアを保つように挙動をコントロールしているのです。これを僕たちは“バランスコントロール”と呼んでいます。競技レベルではタイヤのグリップの限界付近を維持しながら、バランスコントロールを行う必要性が出てくるので、ステアリング操作はその挙動に合わせ慌ただしくなるときがあります。そこが違いです。」


“バランスコントロール” を駆使して走る山野選手の走り。外から見ると挙動が乱れていないスムーズな走りに見えるが、理想とするラインに収めるように細かな操作を繰り返しているのがわかる。2019年全日本ジムカーナ選手権Rd2.ツインリンクもてぎ戦より。

大事なのは“目”

ではスムーズドライビングから限界走行までを含め、ステアリング操作を行うときの判断基準となるものはなんでしょうか?
「クルマの旋回軸を意識しています。クルマを上からみたときに、車体の中心に槍を刺した状態をイメージしています。その槍が刺さった、回転の軸となる場所が旋回軸です。そこを軸に右回転、または左回転方向にクルマが曲がっていくというイメージです。旋回軸は、加速中はリア寄りに、減速中は前寄りに移動しますが、理想的なのは旋回軸が車体の中心にある状態です。その方がタイヤの4輪のグリップ力をフルに発揮させることができるからです。先ほどブレーキングの初期は100%の力でペダルを踏み込み、そこから半分くらいまで緩めるという話をしましたが、それは前よりに寄った旋回軸を中心に戻してやるためです。旋回軸が前よりに寄った状態でそのままステアリングを切り込むと、旋回軸が後ろに行ってしまいます。その結果、アンダーステアが出てしまいます。旋回軸が今どこにあるのか、それを探るためタイヤの4輪の接地感を掴み取ることに集中して走らせると、一段上のドライビングができると思います」


タイヤの4輪の接地感を掴み取ることに集中し、いま旋回軸がどこにあるかをイメージしながら走らせるのが上達のポイント。

では、タイヤの4輪の接地感を掴み取るためには、体のどのセンサーを研ぎ澄ますというか、意識すればいいでしょうか?
「そこが重要なところです。よくお尻や背中のセンサーで感じ取ると言いますが、それで感じ取れるのはGだけで、Gというのはバランスコントロールには関係ありません。接地感を掴み取るために重要なのは、Gではなく、僕は“目”だと思います。コーナーを走る時、その先の進むべき進路に視線を送り、その先にある目標物に対して、クルマの挙動がどういう状態にあるのか。ノーズの向きが進むべき方向に達していないのならステアリングを切り足す、ステアリングを切り足したがタイヤがグリップの限界に達しているなら減速する、という具合に“物理的限界をクルマの向きと目標物との差”として“自分自身の目”で感じながら操作を行っていくことが大切だと思います」

そうした限界ギリギリのせめぎ合いをすると、ときにクルマの挙動が乱れてしまうこともあると思いますが、その時はどうすればいいでしょうか?
「挙動が乱れるポイントまで攻められたとすれば、挙動が乱れたときに合わせ込む技量を獲得するまであと一歩のところまで来たということだと思います。うまく対応できないこともあるかもしれませんが、挙動が乱れるのを承知のうえで限界に挑戦すれば、“ここではブレーキを踏んだ方がいいな”とか、“ここはカウンターをあてた方がいい”とか、“逆にステアリングを切り込んだ方が良さそうだ”とか、色々なことが学べ、引き出しの数が増えていきます。そうした経験を数多くこなすと、いつの間にか上手になっているという感じだと思います。そのような練習をするには、ジムカーナコースのような広い場所でやるのがオススメです。サーキットだと速度域が高くなり、コースアウトするとダメージを負ってしまうリスクがありますが、ジムカーナコースであれば比較的低い速度で練習できるうえ、コースが広いので失敗してもクルマがダメージを受けるリスクは少なく済みますので」

山野選手によれば、「運転技術を向上させることは、永遠の課題にチャレンジすることとイコール」だという。JAF公認競技で国内最多優勝記録を持つ山野選手をもってしても、「もっと運転が上手くなり、上の世界を知りたい」と話すのには驚くばかり。

なお、山野選手は124 spiderで全日本ジムカーナ選手権への挑戦を始めた初年から3年連続でチャンピオンを獲得し、2020シーズンは4年目の戦いに挑戦中。あいにくコロナウイルスの感染拡大により大会の中止が続いているが、活躍する姿を見られる日を楽しみに待ちたい。Let’s keep going!

写真 荒川正幸

山野哲也選手×124スパイダー、2連勝とリベンジをかけた闘い(ドライビング動画あり)
The SCORPION SPIRIT VOL.2 一途な思いで、駆け抜ける。
595 Competizioneの詳細はコチラ