アバルトのヘリテージ#001 アバルト207Aスパイダー・コルサ/ボアーノ
アバルト207Aスパイダー・コルサ/ボアーノ
ABARTH 207A SPIDER CORSA di BOANO
今を去ること5年前となる2007年に衝撃の復活を遂げ、予想を遥かに上回る勢いで新たなる伝説を築き始めているアバルト。一度は時代の陰に消えてしまった名門ブランドだが、サソリの紋章とカルロ・アバルトの軌跡には、復活させるに相応しい“ヘリテージ(遺産、伝承、伝統の意)”があった。
そこで、このScorpion Magazineでも新コーナーを設け、かつてイタリアのみならず、世界のエンスージアストを熱狂させた「アバルト伝説」を構成することになった、素晴らしき名作たちの数々をご紹介させていただくことにしたい。
第一回となる今回ご紹介するのは、1955年にごく少数のみが製作されたというアバルト207A。現在日本に棲息するアバルト車の中でも、最古の部類に属する一台である。
アバルトの開祖、カルロ・アバルトは、第二次大戦終結後の間もない時期から、トリノのレーシングカー/スポーツカー専業コンストラクターのチシタリア社に、技術責任者として勤務していた。ところが、1948年末をもってチシタリアは経営破綻。意を決したカルロは、チシタリアのワークスドライバーとして活躍していたグイド・スカリアリーニとその父親アルマンドとともに、自らの会社“アバルト&C.”社を興すことになる。
創業当初のアバルトは、チシタリア時代に自ら設計した204Aを端緒に、ミッレ・ミリアを筆頭とする当時のスポーツカーレースに参戦するためのレーシングスポーツカーを開発、ごく少数のみ製作していた。そして今回ご紹介する207Aも、そんな中の一台。アバルト自社開発の鋼板製フレームに、フィアット1100/103用コンポーネンツを組み込んだ、純粋なレーシングスポーツである。
パワーユニットは、チシタリア時代から使用されてきたフィアット1100用水冷直列4気筒OHV1,098ccをベースに66psまでチューン。わずか522kgの車体を、最速のファイナルギアを選んだ場合ではマキシマム180km/hまで引っ張ったとされる。
一方、このクルマの最大の魅力の一つである総アルミニウム合金製ボディは、第二次大戦前・戦後を通じて活躍したイタリア人自動車デザイナー、マリオ・フェリーチェ・ボアーノが独立して興した会社“カロッツェリア・ボアーノ”社が製作したもの。左右シートが完全に独立したツインカウル・スタイルのバルケッタで、助手席側のみ金属製トノカバーを装着すればモノポスト(単座)にも変身可能となるコックピットやテールフィンとヘッドフェアリングのデザインが反映されたリアビューなど、あくまでレーシングカーとしての機能に徹しつつも、独特のエレガンスを湛えたスタイリングを持つ。
当時のイタリア製レーシングバルケッタの雰囲気が横溢するコックピットは、外観にも負けず美しいデザイン。斜め上方を向いたメーターパネルが非常にユニークでもある。
ステアリングホイールは、当時世界で最も人気のあるブランドの一つであったアバルト自社デザイン。細身のウッドリムに、同じくスリムな3本スポークが実に魅力的である。
ステアリングホイール中央のキャップには、もちろん栄光の“スコルピオーネ(サソリ)”の紋章。クリア樹脂の剥離が、製作から半世紀以上におよぶ時間の経過を思い起こさせる。
ホイールはフィアット1100/103TV用オプションを流用したものと思われる。発表時のオフィシャル写真ではセンターキャップも取り付けられていたが、この個体は外されている。
ドライバーズシート上部には機能的な形状のヘッドレストが設けられ、そのままヘッドフェアリングに繋がるデザイン。この時代のレーシングカーの流行だが、さすがに美しい。
ノーズの先端に、アバルトの“スコルピオーネ”とともに取り付けられた“Cisitalia(チシタリア)”のバッジ。この時代はまだ、チシタリア時代の影響が残っていたことを窺わせる。
そしてこのボディは、当時の自動車デザインにも大きな影響を与えることになり、今なお「アバルト史上最も美しいモデルの一つ」と賞賛されているのだ。
ちなみに、同じ時期のカロッツェリア・ボアーノは同じデザインテーマを用いて、折り畳み可能なソフトトップを与えられたコンバーティブルの“208A”や、クローズドクーペの“209A”も製作している。しかし、一連のボアーノ製アバルトの中でも最も有名にして歴史的にも重要視されているのは、やはりこの207Aと言うべきであろう。
昨年の“スコルピオーネ デイ2011”にて、このクルマのオーナーであるクラブ・アバルト和泉会長のドライブで、富士スピードウェイ・ショートコースを快走するアバルト207A。製作後56年という車齢を感じさせない走りっぷりとパフォーマンスには、ただただ驚くほかなかった。