ABARTH F595と595 Competizioneを同時に試乗。2台の乗り味の違いを探った。

ドライバーを速くするのもアバルトの仕事

モータースポーツのフィールドから生まれたアバルトというブランドは、自分たちが貪欲に勝利を重ねていく一方で、モータースポーツの世界で上位カテゴリーを志す若者向けに入門フォーミュラを開発し、彼らにドライビングのスキルを磨く機会を提供してきました。そしてミケーレ・アルボレート、リカルド・パトレーゼ、アレッサンドロ・ナニーニといった伝説的なドライバーを輩出し、また近年ではミック・シューマッハーのような若手トップドライバーを鍛え上げるなど、フォーミュラの頂点であるF1で活躍するドライバーをたくさん生み出してきました。

アバルトが開発したフォーミュラカーの第一弾は、JAFのイタリア版ともいうべきアウトモビル・クラブ・ディタリアの自動車競技委員会が1971年に企画した“フォーミュラ・イタリア”用の、通称フォーミュラ・アバルトこと「SE025」でした。次はその後継マシンとして1979年に発表された、通称フォーミュラ・フィアット・アバルトこと「SE033」です。そしてFIAによってフォーミュラレースのカテゴリーが整理・再編された後も、ワンメイクで行われるFIA-F4規定のマシンに1.4リッターターボの“414 F4”ユニットを供給。アバルト製エンジンを積んだマシンは、イタリア、ドイツ、スペイン、北欧、UAEなどの各シリーズで今日もしのぎを削り続けています。


モータースポーツの血筋を受け継ぐF595。エンジンはF4マシンに搭載されているものと基本的に同じ1.4リッターターボ(165ps)を搭載する。

アバルトのラインアップの中で最も新しいモデルとなるF595の“F”は、フォーミュラの“F”。アバルトとシングルシーターマシンとの関わりが50周年を迎えたことを記念して、イタリア本国では2021年の夏に設定されたモデルです。ただネーミングを持ってきただけ、ではありません。595シリーズの165ps仕様のパワーユニットは、現在のFIA-F4マシン用エンジンのベースとなったもので、チューニングをほとんど変えることなく搭載。つまり両車は同じ心臓を持っている、といっていい間柄なのです。

F595という最新モデルの詳細についてはすでにレポートされていますが、今回はシリーズ最強の595 Competizioneと一緒にいつものワインディングロードで実際に走らせてきたので、その印象についてお伝えしましょう。


595 Competizione(左)とF595(右)

モリモリくる595 Competizioneと活きのいいF595

都心の一般道、高速道路、低速・中速・高速といった様々な曲率のコーナーが続くワインディングロードと、あらゆるステージで試したのですが、1日を通して強く実感できたのは、F595がとても従順なクルマだということでした。

エンジンの最高出力は165ps/5500rpm、最大トルクは210Nm/2000rpm、ダッシュボードのスコーピオンボタンを押してスポーツモードに切り換えると230Nm/2250rpm。その数値を見てもおわかりになるように、低回転域や中回転域を重視した性格にしつけられているため、アクセルペダルの踏みはじめから力がしっかり立ち上がってくれて、いわゆる実用領域でとても扱いやすいのです。これは595 Turismo/595C Turismoとも共通したチューニング。どこかを尖らせたような味つけにはなっていないため、ギクシャクすることもなく滑らかに走らせられるのです。マニュアルトランスミッションのみの設定となるF595とも、かなりマッチングのいいエンジンだと思います。


エンジン排気量はいずれも1.4リッターターボを搭載。スペックはF595(左)が最高出力165ps、最大トルク210Nm(スコーピオンモード時:230Nm)を発生。595 Competizioneは最高出力180ps、最大トルク230Nm(同250Nm)を生み出す。

もちろんアバルトのエンジンですから、鈍臭いわけがありません。しっかりと迫力のある鋭い加速を楽しませてくれます。中速域からのパワーの盛り上がり感とトップエンドにかけての伸びのよさでは最強の595ともいうべき595 Competizioneに譲りますが、低回転域から中回転域での加速の鋭さは、感覚的には595 Competizioneをしのいでいるように思えたほど。数値の上では595 Competizioneとの間に15psと20〜30Nmの開きがあるわけですが、その数値の違いよりもフィールの違いの方がはっきりと感じられるので、ここは好みで分かれるところかもしれませんね。個人的には、F595のどこからアクセルを踏んでいっても活きのいい加速を感じさせてくれるフィールとドライバビリティの良さは、かなり魅力的だと感じています。


F595のインテリア。スポーツレザーステアリングホイール、ヘッドレスト一体型スポーツシート(ファブリック表皮)、レザーメーターフードなどを標準装備する。ステアリング位置は左/右が選択でき、トランスミッションは5MTのみの設定。

コーナリングスピードとコーナリングフィール、どちらを取るか

そしてもうひとつ実感できたのは、F595のシャシーのセッティングの絶妙さ。595 Competizioneが4輪のすべてをハイパフォーマンスコイルスプリングとKONI製FSDダンパーで引き締めているのに対し、F595はリアにKONI製FSDダンパーを備えるのみ。いうまでもなくコーナーでの踏ん張りがより効くのは595 Competizioneの方ですし、コーナリングスピードが速いのも595 Competizioneの方です。そこを突き詰めていくおもしろさがあるのも確かです。


595 Competizioneのインテリア。ヘッドレスト一体型スポーツシートならびにステアリングホイール表皮はレザーとアルカンターラを組み合わせた仕様となり、メーターフードはアルカンターラ仕上げとなる。ステアリング位置は左/右、トランスミッションは5MTと5MTA(ATモード付き5速シーケンシャルトランスミッション)が選択できる。

が、スピードでは譲るものの、逆にワインディングロードのような場所では、F595の方が曲がる楽しさ、コーナリングの醍醐味を堪能しやすいように思うのです。F595のサスペンションは595 Competizioneと比べれば全体的に柔らかく、しなやかな味つけ。ブレーキングで前輪に荷重を載せるのが容易です。


しなやかなサスペンションの特性ゆえ、コーナーではタイヤに荷重を載せて走る感覚がつかみやすい。

つまり、曲がるための姿勢を作りやすい、ということ。コーナーの手前でブレーキング、荷重が前輪にたっぷりと載る、荷重が載っている状態でステアリングを切り込んでいく、リアをしっかりと踏ん張らせながらフロントをグイグイとコーナーのイン側に食い込ませて気持ちよく曲がっていく。その一連の流れはもちろん595 Competizioneでも楽しめるのですが、サスペンションがガチッと引き締まっている分だけ、前輪に荷重をしっかり載せるには結構な速度域からの強力な減速Gが必要になります。ほどよく上下に動いてくれるサスペンションを持ったF595の方が、そこをより体感しやすいかたちで楽しめる、というわけです。要はコーナリングスピードか、コーナリングフィールか、ということですね。


595 Competizioneは、剛性の高いサスペンション設定ゆえ、より高い速度域で真価を発揮する。

加えて、サスペンションが柔らかめである分だけ、F595の乗り心地はしなやかです。路面から衝撃を受けたときの突き上げ感も気になるほどではなく、またファブリックシートの座り心地も思いのほか良好なこともあって、この手のクルマにしてはかなり快適といえる部類です。小さなハッチバック型スポーツカーとしても、小型GTカーとしても、F595はとてもいいバランスにあるのだと感じました。


F595は、スポーツ走行をこなしつつ、乗り心地も良く、バランスの優れた乗り味が得られる。

思えばF595の実車を見るのも初めてでした。5色あるボディカラーのうち、試乗車がまとっていたのはGrigio Recordにブルーのアクセントカラーという仕様。そのアクセントの色合いや散りばめ方も抑えが効いていて、かなり惹かれます。自分がドライバーだったためにサウンドを外から聴くことはできませんでしたが、 新しいレコードモンツァエキゾーストシステムの形状にも惹かれます。


左右2本出しのデュアル・ツインマフラーを採用するのは両者共通だが、F595のそれは縦位置にレイアウトされている。

595 Competizioneの速さとダイナミズム溢れるフィールは抜群に楽しい。595 TurismoのGT性能の高さと快適さにも惹かれる。595C Turismoのオープンエアも最高に気持ちいい。そして、F595の結構な速さを持ちながらもフィールを重視したテイストにも心躍らされる。
これだからアバルト選びは難しいのですよね……。

文 嶋田智之

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