眞貝知志選手、アバルト124ラリーをイタリアでフルテスト

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名門チームのテストに参加

アバルトといえばモータースポーツ、アバルトでモータースポーツといえばラリー、と連想が広がる方は多いと思います。かつてフィアットやランチアをベースにアバルトが作り上げたマシンたちは世界を舞台に輝かしい戦績を収め、モータースポーツの歴史にも、そしてファンの心の中にも、強くその名を刻みました。

アバルトは現在ワークス活動こそしていませんが、開発した車両をラリーの現場に送り込んでいます。アバルト124スパイダーをベースに、FIA R-GT規定に則って開発された「アバルト124ラリー」です。プライベート・チームが世界ラリー選手権やヨーロッパ・ラリー選手権、および各国の国内選手権などを戦っています。R-GTクラスは量産GTカーをベースにした2WD車によって争われるカテゴリーで、現在は「124ラリー」がそれぞれの選手権をほぼ制圧しており、ライバルメーカーが打倒アバルトを念頭にマシン開発に必死になっている状況です。

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そして2018年の夏、ひとりの日本人ラリードライバーが、イタリアで124ラリーのフルテストを行ってきました。全日本ラリー選手権のチャンピオン経験を持ち、“日本一のサソリ遣い”としても知られる眞貝知志選手です。

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2017年にアバルト500ラリー R3Tでローマ・ラリーに参戦し、クラス優勝を果たした眞貝知志選手。アバルト ドライビング アカデミーではメインインストラクターを務める。

眞貝選手はmCrt(ムゼオ・チンクエチェント・レーシング・チーム)のドライバーとして2015年から全日本ラリー選手権のJN-5クラスでアバルト500ラリー R3Tを走らせ、チャンピオン争いを繰り広げました。さらに2016年からはmCrtとともにアバルトを駆っての海外ラリーへの挑戦をスタート、参戦2年目にしてヨーロッパ選手権ローマ・ラリーのR3クラスで優勝を収め、日本のラリー界にも衝撃を与えました。昨年のローマ・ラリーへの挑戦はSCORPION MAGAZINEでも紹介しています。

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舞台はトリノ近郊にあるサーキット。うだるような暑さの中、30分の走行が午前中に1回、午後に3回行われた。

「アバルト500 R3Tというマシンは誕生からずいぶん時間が経っていて、けれど最後の最後にいい結果を得ることができて、花を持たせることができました。ならば次は? と考えると、アバルトで戦うことを目的にしているmCrtとしては、最新鋭のマシンで戦うしかない、ということになりますよね」と眞貝選手。2018年は眞貝選手とmCrtのアバルトでのラリー参戦がなかったため、寂しい想いをしていたファンも多かったでしょうが、チームと眞貝選手は次のステップを見据えた準備を着々と進めていたのです。

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今回は名門ベルニーニ・チームと合流。トラクションコントロールの切り替えやON / OFF、最もエンジンパワーを活かせる状態でのアタックなどが許され、データエンジニアによる走行データ解析なども行われた。もちろん足周りなどのセッティング変更も可。まさしくフルテスト。

トラクションコントロールオフでの本気のテスト

テストは2018年7月10日、トリノ近郊のカステッレット・ディ・ブランドゥッツォという村にあるサーキットを舞台に行われました。クルマのレースをするには狭いけれど、6速まで入るストレートもあれば1速まで落とすコーナーもある、実に変化に富んだテクニカルなコース。マシンを用意してくれたのは、世界ラリー選手権のR-GTクラスでもアバルト124ラリーを走らせている“ベルニーニ”というイタリアの強豪チームです。猛烈な暑さの中、日頃は多忙を極めていてテストに足を運ぶことの少ないベルニーニのチームオーナーや、アバルト本社の124ラリーの競技部門を取り仕切る責任者も姿を見せていました。眞貝選手のアバルト500 R3Tでのローマ・ラリー優勝は、彼らにも強烈なインパクトを残したのでしょう。午前中から午後までインターバルを置きながら30分を4回という走行のすべてを、真剣な眼差しで見つめていました。眞貝選手によるマシンのテストであると同時に、アバルトとベルニーニ・チームによる眞貝選手のテストでもあったのです。

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実は眞貝選手は2017年にも一度、ベルニーニの124ラリーを走らせました。そのときは直後に実戦を控えていたマシンだったため、トラクションコントロールを最も強く効かせた状態で感触を知る程度の小手調べのような走行でした。が、今回はトラクションコントロールの切り替えも自由にすることが許され、アンチラグ・システム(ミスファイアリング・システム)をONにしてニュータイヤも履かせ、マシンが最もパフォーマンスを発揮できる状態でのフルテストです。

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ポテンシャルを確かめるため、さまざまな走りをしてマシンのチェックを行った。

テストの目的はあくまでもアバルト124ラリーというマシンのポテンシャルを探ること。眞貝選手は周回ごとに様々な走らせ方を試していたようでした。ある周はタイヤのグリップの限界の上にマシンを載せて走っていたかと思えば、次の周にはリアを軽くスライドさせながらコーナーを抜けてきて、その次の周にはカウンターステアを使わずアクセル操作だけで4輪を微かに滑らせながら抜けてきて、そのまた次の周にはスピンかと思えるほどの豪快なドリフトで抜けてきて……と、見るからにかなりの本気で攻めていた印象。しかも途中、クルマの限界を超えるとどうなるのかを探る意味で、2度ほどあえてスピンをさせたりもしています。そして走行の回ごとにどんどん速さを増していることも、見ているだけでハッキリわかります。

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眞貝選手は124ラリーをどう見たか

アバルト124ラリーは、走らせてみるとどんな印象なのでしょう? 眞貝選手に訊ねてみました。

「ある意味、モンスターですね(笑)。300馬力のエンジンをフロント・ミドシップにレイアウトした、車重1トンの完全なラリーカー。500 R3Tはもともとワンメイク・ラリーのために作られたマシンであくまでも市販車の延長にあったんですけど、124ラリーが出場しているR-GTクラスは改造範囲がかなり広いので、エンジンやサスペンションを含めたすべてが、ロードカーの124スパイダーから大きく引き上げられているんです。コースによっては4WDの純競技車両であるR5クラスのマシンと同じぐらいのタイムで走れちゃう。それだけのパフォーマンスがあるってことがよく理解できました」

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写真左はベルニーニ・チームのデータ・エンジニア。彼の仕事はロガー・データ(子細に計測した走行データ)を解析してドライバーにその後の走行の改善点などをアドバイスすること。眞貝選手には何をアドバイスしたかを聞いたところ「いや、何も。彼には何もいうべきことがなかったから」とのこと。

エンジンはどうですか?

「速いですよ。でも加速感に関しては、過激な感じではないんです。エンジンは3000回転から6500回転までどこにも頭打ち感がなく、綺麗に回ってくれるんですけど、特にどこかでドッカン! とパワーが炸裂するようなこともなくて、分厚いトルクがずっと続く感じ。ものすごくフラットな性格で、どの回転域からでもレスポンスよく吹け上がって、素早く加速してくれます。街乗りとかにもまったく苦労しないレベルの扱いやすさ。あまりに扱いやすくてスムーズだから、体感的な速さはあんまりないんですけど、でもやっぱり、かなり速いです」

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シャシーはどうでしょう?

「スプリングレートが柔らかいのでロールもそれなりなんだけど、そこをショックアブソーバーでしっかり抑えているという感じです。サスペンションのストロークが長くて底付き感がないから、路面の状況が目まぐるしく変化するラリーのコースには適している印象でしたね。そこは500 R3Tでは望んでも出せない特性。サスペンションで綺麗にタイヤを路面に接地させて、タイヤのグリップをいかそうという思想で作られていますね。まさにラリーの実戦向け」

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マシンはコントロールしやすいですか?

「フロント・ミドシップで重心が極端に真ん中に寄っているから、本当に限界の際の際まで持っていくと、クルマの動きがものすごくシビアになるんです。9割ぐらいまでは素直でコントローラブルだけど、残りの1割の領域になると、本当にシビア。フロントのエンジンを中心にしてコマのように回りだそうとする。そういう領域でも物理の特性に対して忠実だし、操作に対しても素直に反応するから、ものすごく繊細な操作が要求されるんですよ。ラリーの現場だと、例えば水溜まりが出てきたりとか路面に砂が浮いていたりとか、さらに難しくなるわけです。動画サイトで124ラリーの走りを見ると、FR車とは思えないぐらい小さなアングルで、テールをほとんど滑らせないで加速していく場面が多くて、どういうことなんだろう? と疑問に思ってたんですけど、乗ってみて納得。彼らはトラクションコントロールを上手く活用して、タイムとクラッシュのリスク、タイヤ・マネージメントの3つを得ているんだということがわかりました。今回は路面のいいサーキットでの走行だったから、どんなコンディションのときにどのくらいトラクションコントロールを入れたらいいのかを試すことはできなかったけど、そういうところまで含めてまだまだ習得したいことがたくさん出てきました。124ラリーのポテンシャルの高さもわかったけど、甘くはないなっていうこともよくわかりました(笑)」

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チームオーナーの心を動かした確かな手応え

そうコメントする眞貝選手に対して、ベルニーニのチームオーナーやアバルトの124ラリー・プロジェクトの責任者は、「このクルマに乗って、いきなり速く走るのは難しい。なのにここまで乗れているのだから、次は10日間ほどイタリアに滞在して、もう少しクルマに慣れて特性をマスターして、実戦を走ってみるのはどうだろう? その気があるならシートを確保するから」というようなことをクチにしていました。彼らが眞貝選手を完全に認めた証です。

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眞貝選手と今回のコーディネイト役をつとめた、mCrtとも旧知のマニュエル・ヴィッラさん(右)。彼自身、イタリアではよく知られたラリー・ドライバーでもある。

mCrtによれば、ヨーロッパ選手権かイタリアの国内戦か、近い将来の海外ラリーにアバルト124ラリーで挑戦することを具体的に考えているとのこと。眞貝選手のそのときの奮闘ぶりを、来たる2019年にまたお届けできるかもしれません。お楽しみに!

取材・文 嶋田智之
写真提供 mCrt(ムゼオ・チンクエチェント・レーシング・チーム)