プロに教わるドライブルートの走り方③【ブレーキング&荷重移動】

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ムゼオ・チンクエチェント・レーシング・チーム(mCrt)の『ABARTH 695 ASSETTO CORSE(アバルト 695 アセットコルセ)』でスーパー耐久レースを戦っている、井尻薫選手のレクチャーによる“公道をより楽しく、よりスポーティに、何より安全に走るための基礎講座”。2回にわたってお届けしてきましたが、いよいよ最終回です。

今回は、クルマを走らせるうえで最も重要な、ブレーキングのお話からスタートします。「えっ?“安全に”だったら解るけど、楽しくスポーティに走らせるんだったら、重要なのはアクセルとステアリングじゃないの?」と思われる方も、もしかしたらいらっしゃるかも知れません。もちろんクルマを走らせるための操作に関わる部分で重要ではないものなんてひとつもないのですが、危険回避などで停止するためというのは言うまでもなく、実は曲がることにも加速をすることにも、ブレーキングは相当に大きな影響を及ぼすものなのです。

ちゃんと減速できないと、ちゃんと曲がれない。

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「F1の映像とかを見ていると、コーナーでライバルを抜くために、そのコーナーの手前でブレーキング競争を繰り広げている場面がよくでてきますよね。速く走るためには可能な限りアクセルを全開にし続けていることが大きな鍵になるわけですから、コーナーを曲がる前に減速するときも、なるべくブレーキングを始めるタイミングを遅らせて、短い時間と距離でコーナーを曲がるのに適切なスピードまで減速したいわけです。

そういう場面でときどきあるのが、ブレーキを踏む地点を奥にしすぎて減速しきれず、コーナーで外側に膨らんじゃったり、曲がりきれずにコースの外側に飛び出しちゃったり、あるいは挙動を乱して逆にスピンしちゃったりして、ライバルに前を行かれてしまうという結末。どこまでブレーキを踏まずにいられるかの我慢くらべ、というほど単純なものではないのですが、このブレーキングが巧いドライバーこそ速いドライバーだというのは疑いようのない事実です。

クルマは、気合いだけでは思いどおりに動いてくれません。全てのモノは物理の法則に沿っていて、クルマも全く同じ。物理的に50km/hでしか回れないコーナーがあるとしたら、そこは50km/hでしか回れないんです。そこを例えば55km/hで回ろうとしたら、+5km/h分の遠心力が余分に働いちゃって、クルマはコーナーのアウト側に嫌でも膨らんじゃう。サーキットならコースの両サイドにゆとりがあるからまだいいですけど、それが一般公道だったら、クラッシュに結びつきかねませんよね。物理の大原則からは、普通の人であろうとF1チャンピオンであろうと、誰も逃れられないんです。コーナーに侵入するときに適切なスピードまで減速できていなければ、必ずアンダーステアかオーバーステアに悩まされるんです。」

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コーナーを曲がるときに、クルマが外側へと膨らんでいくことをアンダーステアといいます。逆にコーナーの内側へと巻き込んでいくことをオーバーステアといい、スピンに陥ることもこの範疇です。その両者を天秤にかければドライバーが対処しやすいのはアンダーステアであるため、一般的にはクルマは弱いアンダーステアの設計とされていることがほとんど。もちろんABARTHも同じです。

「アンダーステアもオーバーステアも出さないニュートラルな状態でコーナーを抜けていけるのが基本的には理想なわけですが、そのためには適切な速度で走らなければならない。事前に適切な速度になっているよう、クルマをコントロールできていないとならない。つまり、コーナーをちゃんと曲がるためにはブレーキングがものすごく重要、ということです。スロウ・イン・ファスト・アウト、という言葉は皆さんも御存知だと思いますが、それはまさに大原則中の大原則なんですよ。」

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「ただ、どのくらいまで速度を落としたらいいのかというのは、コーナーによって様々。コーナーごとに異なるので一概にはいえません。そこはスロウ・イン・ファスト・アウトを念頭に置いて、無理のない範囲で少しずつ経験を積んでいただくしかありません。けれど、自分のクルマのブレーキ・ペダルをどのくらい踏み込めばどのくらい減速する、ということは常に意識していただきたいな、と思います。

そのためには、ブレーキ・ペダルにペタッと足を置いたような軽い踏み方からブレーキ・ペダルを踏み抜くぐらいのフル・ブレーキングまで、様々な状態でのクルマの動き方を体感で知っておくこと。踏力と減速の関係性を掴んでおくと、素早く適切に減速をするのに役立つからです。これも日頃の制限速度レベルのドライビングの中でも、ある程度は学べるものだと思います。ただ漫然とブレーキ・ペダルを踏むのではなく、しっかり意識して感覚に刻み込むように努めてください。フル・ブレーキングやそれに近いような大きな減速を試すときには、見通しがよく平坦で周囲に何もない広い場所などで、安全であることを確かめてからにしてくださいね。

そういえば、実は運転経験の長い方でも、意外やフル・ブレーキングを体験したことがない、タイヤがロックするほど──あるいはABSが作動するほどのブレーキングを体験したことがない、という人が多いんです。これは危険回避のうえでも、スポーツ・ドライビングをするうえでも、ぜひ体験して知っておいていただきたいことのひとつですね。例えば制限速度からフル・ブレーキングをすると、どのくらいの距離で停止できるのか。それを知っておくことは日常的に運転をするうえでも、とても重要。咄嗟のときに回避できる幅が広がりますからね。

一度もフル・ブレーキングを体験したことのない人の中にはブレーキ・ペダルをグッと強く踏み込むことになぜか怖いイメージを持っているケースが多いようで、咄嗟のときにも強く踏めない傾向もあるようです。でも、ブレーキは踏まないと効かないんですよ。」

今、どのタイヤにどれくらい荷重が載っているか、を意識してますか?

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井尻選手のお話は、この辺りから “荷重”の方に向かいます。この場合の荷重とは、4つあるタイヤのそれぞれに懸かっている重さ、負荷の度合いのこと。

「フル・ブレーキングをすると慣性の法則が強く働き、重量が前の方に飛び出していくような動きをして、その結果、フロントのノーズ側がグッと沈み込み、リアのサスペンションはグッと伸びて、つんのめったような姿勢になります。荷重が思い切りフロント・タイヤに載っている状態ですね。タイヤというのは、強く路面に押しつけられれば押しつけられるほど、タイヤそのものが持つ性能を発揮しやすいという基本的な性質を持っています。つまり、フル・ブレーキングの状態は、イコール、フロント側のタイヤが最も性能を発揮しやすい状態、つまり最も路面をグリップして、最もよく曲がる状態です。ですが、逆にリア・タイヤの荷重は最も抜けていて、最もリア・タイヤのグリップが弱くなっている状態でもあるんです。

この状態でステアリングを切ると、フロント・タイヤが強くグリップしてグイッと曲がるのにリア・タイヤはグリップが弱いから、クルマの姿勢は不安定になりがちで、最悪、一気にスピンします。それ以前に直進状態であったとしても、路面はまるっきり真っ平らというわけじゃありませんから、何かの弾みでリア・タイヤがグリップを完全に失ってクルマが大きく姿勢を乱すこともあり得ます。もっともABARTHにはABSも備わっているし、ESP(エレクトリック・スタビリティ・プログラム=横滑り防止装置)をはじめとした出来のいいトラクション・コントロール・システムも備わっているので、まずスピンに陥ったりすることはありません。ただし、クルマは全て、漏れなくそうした基本特性を持っている、ということは念頭に置いておいてください。」

逆にスロットルを全開にして加速しているときにステアリングを操作しても、クルマは思ったとおりには曲がってくれません。荷重がリア側に移動して、フロント・タイヤが路面に押しつけられる力が小さくなってしまうため、フロント・タイヤが持っている性能を発揮しにくい状態になるからです。

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同様にコーナリング時に関しても、右コーナーを回っているときには左側の2輪の荷重が大きくなって右側の2輪の荷重が小さくなる、左コーナーを回っているときには右側の荷重が大きくなって左側の荷重が小さくなる。遠心力のおかげで常にコーナーの外側にあるタイヤの荷重が大きく、内側のタイヤの荷重は小さい、というわけです。

「要は荷重が前後左右のどのタイヤにどれくらい懸かっていて、どのタイヤからどれくらい抜けているか。実はそれがクルマの動きや姿勢を司っている、といっても過言ではありません。アクセル、ブレーキ、そしてステアリングの操作で、その荷重の位置を調整すること。それを荷重移動といいます。荷重移動が巧くできるかできないかで、クルマを綺麗にクルンと素早く曲げて加速体勢に移ることもできれば、ステアリングをいくら切っても曲がりたいようには曲がれず、なかなか加速体勢に入れない、なんてことになったりもします。」

荷重移動を積極的に利用することこそ、楽しくスポーティに、そして安全に走ることに繋がる、というわけですね。例えば、“ブレーキを踏んだら前のめりになっちゃった”ではなく、“前のめりの姿勢を作り出して素早く曲がれるようにブレーキを踏む”といった具合に。そうした荷重の移動のさせ方も、公道を走りながら学ぶことができそうです。

「もちろん派手なアクションはオススメできませんけど、例えば加速をしていくときにはアクセル・ペダルの踏み込み量の違いで、曲がるときにはステアリングの切り方ひとつで、減速をしていくときにはブレーキ・ペダルの踏み込み量の違いで、クルマの姿勢がずいぶん変わるということは体感できるでしょう。

アクセルを強く踏み込んだ状態からふっと戻しただけで、後ろに移動していた荷重が少し前に移動します。ステアリングをゆっくり切っていって途中からスッと切り込み量を増やすと、コーナーの外側のタイヤにかかる荷重もスッと増えることが判ります。ブレーキングのときには、例えば赤信号で停止するときに一定の量でブレーキ・ペダルを踏み続け、停止する直前に僅かに踏んでる力を弱めるようにすると、カックンとならずに停まれるでしょう?あれも前に行っていた荷重が少し後ろ側に戻って、慣性が弱まるからなんですよ。つまり、無茶をせずに安全な範囲であっても荷重の移動は安全な範囲でも覚えていくことができる、ということです。」

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「もうひとつ注意していただきたいのは、道が上りのときと下りのときでは意識的に荷重の懸け方を変える必要がある、ということ。登り坂にいるときには、すでに少しリア・タイヤ側の荷重が大きくなっています。だから普段より意識的にフロント・タイヤに荷重を懸けるようにドライブしないと、クルマが素直に曲がってくれにくい。

逆に下り坂ではすでにフロント・タイヤ側の荷重が大きく、逆にリア・タイヤの荷重が小さくなっていて、傾向としてはリア側が不安定になりがち。ワインディングロードなどの下りでの事故が圧倒的に多いのは、そこを意識せずに走っているから。何度もいいますが、アクシデントを引き起こしてしまったら、楽しいも何もありません。そんな事態に陥らないように、注意深く慎重に走っていただきたいな、と強く思います。」

さらに上達したいなら、<ABARTH DRIVING ACADEMY>へ

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さて、3回にわたって井尻選手にレクチャーをしていただいたわけですが、締めの言葉を頂戴したいと思います。

「今回の企画では、“公道をより楽しく、よりスポーティに、何より安全に走るための基礎講座”というテーマに沿って、皆さんが普段クルマを走らせる中でドライビングを上達させることができるような部分をピックアップしました。それらをひとつひとつ意識して走っていただければ、今よりも確実に楽しく安全に走れるようにはなるはずです。またベテランの方も、自分のドライビングを見つめ直す意味で、参考にしていただけることもあると思います。

ドライビングというのは本当に奥が深くて、上達すれば上達したで、次のテーマ、また次のテーマ、というふうにどんどん先にあるものが見えてくるものです。けれど、その先にあるものを公道で試すのは、だいぶリスキーです。」

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「なので、もっと上手くなりたいという向上心をお持ちの方は、ぜひ年に数回行われる<ABARTH DRIVING ACADEMY>に参加していただきたいと思うのです。開催される場所はサーキットですが、それは公道よりも遙かに安全だからサーキットを使うということであって、そこで学べることは間違いなく公道でのドライブにも大きく活かせることばかり。それに、こうして言葉で説明されると小難しくて理解しにくいけれど、実際に目の前で手本を見せられたり教わりながら自分でやってみたりすると、わりと簡単にできる、ということがあるのも事実です。

この3回でお伝えしてきたぐらいのことは1日で学べてしまうほど、内容も濃いです。今年はもう全てのスケジュールが終了してしまいましたが、来年も開催される予定ですので、それまでは御自身でトレーニングに励んでいただいて、ぜひとも参加していただきたいと思いますね。」

ドラテク①【ドライビングポジション&視線の置き方】
>> https://www.abarth.jp/scorpion/for-biginners/5168

ドラテク②【コーナーのライン取り&ステアリング操作】
>> https://www.abarth.jp/scorpion/for-biginners/5229
 

INFORMATION

★『ABARTH 695 biposto 』がお目見え
>> https://www.abarth.jp/695biposto/

嶋田智之さんによる『ABARTH 695 biposto』レポートはこちらから
>> https://www.abarth.jp/scorpion/driving_fun_school/4862

★<695 BIPOSTO CARAVAN>が開催中!
『ABARTH 695 BIPOSTO 』が、8月以降も順次、全国のショールームに登場。
>> https://www.abarth.jp/bipostocaravan/

★安心と刺激に満ちたカーライフを。
2015年7月1日以降にABARTH各車を成約かつ登録した場合、メンテナンスプログラム『Easy CARE』を0円でご提供!
>> https://www.abarth.jp/offer/

Text:嶋田智之
Photos:神村聖
ADA Photos:横山マサト 
イラスト:遠藤イヅル