クラシックカーに育てるつもりで選びました アバルトライフFile.54 中澤さんと595 Competizione

往年のアバルトへの憧れ

熱心なクルマ好きの中には、先祖とその末裔をつがいで所有する、あるいは愛車のラインアップを同じブランドや同じ国の生まれでかためるといった乗り方を、ひとつの理想としている人が少なくありません。今回お話をうかがった中澤宣純(のりあつ)さんは、そうしたクルマ生活を実践されている方。ガレージの中には2021年4月のMake Your Scorpionで仕様を決めたアバルト595 Competizioneのみならず、1969年式フィアット500Fがベースのほぼ完璧なアバルト 695 SSのレプリカ、1963年式のフィアット 600D ムルティプラ、そして1955年式のベスパ 125が並んでいるのです。かなりマニアックな方とお見受けします。


ヴィンテージモデルが顔を並べる中澤さんのガレージ。

「そうでもないですよ。2014年に695仕様を買うまでは、普通のクルマにしか乗ってきてないですから。確かにクルマは子どもの頃から嫌いじゃなかったとは思うんですけど、本格的に興味を持ったのは高校時代。クラスメイトの影響で、クルマに乗れたら好きなときに好きなところに行けるな、と思って。でもその頃は、どんなクルマが欲しいとか、そういうのはまったくなかったんですよ。自由にどこにでも行ければ何でもいいや、って思ってました」


中澤さんの愛車595 Competizione。

それがどういうきっかけでこの道(?)に?

「家族のためのミニバンみたいなクルマに乗りながらも、やっぱり趣味のクルマに意識がいって、おもしろいクルマに乗りたいっていう気持ちはずっとあったんだと思います。でも直接のきっかけは、2006年頃に家を建てるときの担当の方がクルマ好きで話が盛りあがって、その人の“アバルト シムカが好きなんですよね”っていう言葉ですね。どんなクルマなんだろう? と調べはじめたら、アバルトの作ってきたスポーツカーはものすごくカッコいい。アバルトのことがどんどん好きになって、僕もアバルト シムカモノミッレや、そういう時代のアバルトに憧れるようになったんですよ。漠然と趣味のクルマの購入を考えはじめたのが2010年頃なんですけど、そうなると雑誌やネットで売り物をチェックしたりしますよね。あるとき、北海道におもしろそうなクルマばかり扱ってるお店があることを知ったんです。そこが販売車両の入荷や整備の状況などを毎日ブログでレポートしていて、僕も毎日見るようになったんですね。ときどきものすごく気になるクルマが紹介されてたんですけど、当時の僕には電話をして値段や詳細を聞く勇気がなくて、ただただチェックしては“いいなぁ”と思うだけ。それが4年くらい続いたかな(笑)」


最初にヴィンテージアバルトに興味を持ち、後に現行モデルも購入することに。

アバルト シムカやモノミッレなんて、そうそう売り物は出てこないし、出てきてもめちゃめちゃ高価ですよね。

「今ほどじゃないですけど、確かにそうですね。でもそんな中で僕の好みも広がって、ふと気づいたら往年のフィアット 500とか500ベースのアバルトも候補に入ってたんです。まったくのノーマルもあればオーバーフェンダーが付いてるアバルト仕様もあったりで、いろいろなタイプの売り物が出てきたんですけど、それでもしばらくは勇気が出なくて、なかなか買うまでには至りませんでした。このままだといつまでたっても飛び込めないから、次にアバルト系とかフィアット系の気になるクルマがあったらお店に連絡してみよう、と思って最初に出てきたのが、今の僕のクルマです。お店のブログを見てすぐに北海道まで飛んでいって、試乗もさせてもらって、初めてだから迷いもあったんですけど、これを逃したらまた後悔するだろうと思ったから、そのまま買うことにしたんです。2014年のことでしたね」


中澤さんが購入された1969年のアバルト 695 SS仕様。

中澤さんのアバルト 695仕様は日本国内の著名なフィアット 500のスペシャリストが組み上げたとおぼしき1台で、中澤さんのところに来てからワイパーのレイアウトを変えたりエンジンフードを開いて固定するなど細かいところに手は入ったものの、基本的には購入したときのまま。エンジンは652ccが積まれているようですが、エンジンをバラしてもいないし仕様書もないため、詳細についてはよくわからないのだそうです。

「でも、そこそこ力はあって、同年代の595と同じかそれ以上に速い感じですね。僕のところに来てから2万8000キロくらい走ったんですけど、エンジンなどの機関は好調で、足回りが硬められてるから駆動系に負担がかかってちょっとトラブルが出たぐらい、ですかね。このクルマが来てからクルマのイベントに遊びに行くようにもなって、古いフィアットに乗る仲間が増えました」


695 SS仕様の運転席に収まる中澤さん。

しばらくはこのクルマがあることに満足していた中澤さんですが、悩みがなかったわけではないようです。

「あるときモノミッレの売り物が出てきて、金額的にも良い提示をしてもらったんです。でも、買うとなったらこのクルマを手放さなきゃいけない。もうそのときには愛着がわきすぎてて、手放せない存在になっちゃってたんですよ(笑)。それにこのクルマがあったからこそ仲間ができたっていうこともありましたし。だから悩んだんですけど、結局は見送りました。実はもうひとつ、フィアット 500Dも欲しいと思ってたんです。そっちもものすごくよさそうな売り物が出てきたんですよ。ほかの仲間はみんなノーマルのボディで、オリジナルはオリジナルでいいな、って感じてたんですよね。だけど同じクルマを2台持つのもどうかと思って、それも見送りました」


中澤さんの1955年式ベスパ 125 VN1T。

そして2017年、中澤さんはヴィンテージベスパを増車します。

「フィアット 500って、スクーターをアシにしていた人たちのために、普通の人でも買えるクルマとして作られたわけじゃないですか。大衆車の500と、おそらくその当時に大衆がアシにしていた、ベスパ。それを並べられたら楽しいだろうな、と思ったんですよ。もちろんこれもスタイリングがすごく特徴的で、好きだったから購入したんですけど、実はやっぱり以前から気になってたムルティプラが欲しくて、だけど売り物がまったく出てこないから、代わりに購入したようなところもあったんです。ムルティプラってどっちが前でどっちが後かわからないようなスタイリングがすごく魅力的で、イベントに乗っていったり街中を走ったりして、“おや?”って思わせられるクルマでしょう? 皆が笑顔になれるクルマだと思うんです。それがベスパを買った翌年の2018年に売り物が出てきちゃったんです。ただ条件が厳しかったから見送ったんですけど、それが2020年まで売れ残って条件の折り合いがつき、コロナ禍で他に楽しみもなかったので、思い切って買ってしまいました。今はもっと相場が上がっちゃってるから、思えばいいタイミングで買えたんですね。子どもも成長して大きなクルマが必要なくなったので、ミニバンとの入れ替えっていうかたちでした」


中澤さんの1963年式フィアット ムルティプラ。

最後のクルマにするつもりで

自分はマニアックじゃない、というのは完全に嘘ですね(笑)。でも、古いクルマばかりで、アシにするにはつらかったんじゃないですか?

「実はもう1台、軽自動車があったんですよ。それを普段の買い物とか、ちょっとした用事に使ってたんです。でもあるとき、遠出をするときにはどのクルマで行こう? って。どれも不向きなんですよね(笑)。何か楽に遠出ができるクルマが1台必要だって考えて、フィアット 500を観にショールームに行ったのが、595 Competizioneを買うきっかけになりました」


中澤さんの595 Competizione。左ハンドル、MT仕様を選択したのが中澤さんらしい。

ついついアバルトに試乗してしまった、とか?

「いや、実は695仕様を買った後に何度か試乗したことはあったんです。でも正直なところ、あんまり興味が持てなかったんですよ。というか、完全に古いクルマの方に意識がいってましたし、695やムルティプラを手に入れてからは趣味心が満たされちゃってたんですね。でも、ショールームのスタッフの方に“フィアット 500の一番いいモデルを買おうと思ったら、もうちょっとでアバルトのベースグレードが買えますよ”と教えてもらって、そうなのか! と(笑)。そもそも趣味心は満たされてるから購入の目的は日常のアシ。前とは見方も考え方も変わっていて、そこからいろいろなことを考えるようになりました。ちょうど595 Scorpioneoro(スコルピオーネオーロ/関連記事)とかの限定車がたくさん発売された年で、どのモデルも即完売でしたよね。僕は通常のカタログモデルじゃないアバルトが欲しかったんです。そしたらMake Your Scorpionが開催されることを教えてもらって、595 Competizioneのアドレナリングリーンを注文することにしました。人生最後のクルマにするつもりで」


特別なボディカラーのモデルや内外装の組み合わせをアレンジできるキャンペーン「Make Your Scorpion」で購入された、中澤さんのアドレナリングリーンの595 Competizione。

まだそういう年齢ではないでしょう。

「理由があるんです(笑)。さっきもいいましたけど、本当にいろいろ考えたんですよ。僕はもともと、クラシックアバルトが欲しかったわけじゃないですか。持ってるクルマもスクーターも全部売りに出してがんばれば、それも可能になるかもしれない。でも、ぜんぶ気に入ってるからそうしたくはないんです。すべて残したまま何とかする方法はないかってずっと考えてたんですけど、あるとき閃いたんですね。アバルトを新車で買ってクラシックになるまで乗り続けるっていうのはどうだろう、って。30年なり40年なり僕自身が乗り続ければ、また違った楽しさや充足感があるんじゃないか? って思ったんですよ。最後のクルマにするつもり、っていうのはそういうことなんです。だから普通の595じゃなくて、自分がずっと持っていられるモチベーションを保てる仕様がいい、後世に“あのときだけ手に入れられた仕様だったな”って思えるようなクルマがいい。そんなふう思ったんですよ。それがこの仕様です。今年の2月に納車になって、人生終(つい)のラインナップが完成しました。自分でいうのも変ですけど、面白いラインナップが揃ったな、って感じてますよ」

電気で走るクルマもいいな、と

595はどんなふうに乗っておられるんですか? やっぱりアシですか?

「そうですね。普通に日常のアシとして使ってます。でも、ただのアシじゃないんですよね。これでワインディングロードを走りに行ったりもしてますよ。普段使いにもいいし、趣味にもいい。今の僕はひとりで乗ることが多いから、コンパクトなボディが心地いいですしね。それから速い。運転していて気持ちいい。シートに座った瞬間から、楽しい気持ちになれるんですよね。遠出が楽なクルマを考えてたとか以前は興味がなかったとか、そういうのが嘘みたい(笑)。ものすごく気に入ってます」

今のクルマのラインナップは、ご自身の理想を100点満点とすれば何点ぐらいですか?

何点ていったらいいんでしょうか。100点を超えちゃっていますからね(笑)。これ以上手に入れたいものは、もうないですよ」

近い将来、アバルトのEVも登場することになるのでしょうけど、それに関心は……?

「そういえばこの前、フィアット 500eにも試乗してきたんですよ。それがすごくよかったんです。速かったし楽しかったし。EVなんておもしろくないだろうと思ってたけど、考えが変わりましたね。595 Competizioneも趣味のクルマにして、普段乗りはフィアット 500eっていうのもいいな、なんて考えちゃいました。内燃機関でも電気でも、古くても新しくても、いいものはいい。勉強になりましたね。アバルトのEVにも、だからもちろん興味はありますよ」

人生終のラインナップは、どうやらまだ完成していないという可能性が急浮上してきました(笑)。でも、古いクルマが好きなのに新しいクルマを否定しない柔軟性、とても素敵だと思います。アバルトのEVがデビューした暁にはアバルト&フィアット4台体制となってるかもしれませんから、そのときにはまたお話をうかがいにお邪魔しますね。

文 嶋田智之

595 Competizioneの詳細はこちら

 
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