1998 FIAT SEICENTO SPORTING TROFEO|アバルトの歴史を刻んだモデル No.070

1998 FIAT SEICENTO SPORTING TROFEO
1998年フィアット・セイチェント・スポルティング・トロフェオ

若手ドライバー育成のためのトロフェオ用モデル

1949年の創設以来、モータースポーツと共に歩んできたアバルトは、レースの世界を志す若手ドライバーの育成にも力を注いだ。その活動の一環として1970年代からは若手ドライバーを育成するための専用マシンを開発し、彼らのスキルアップを支えた。未来のF1ドライバーを発掘するために用意されたフォーミュラ・フィアット・アバルト(本連載第47回で紹介)もそのひとつ。若者向けの入門フォーミュラということで、市販車のコンポーネンツを最大限活用し、参戦費用の低減が図られていた。


フォーミュラ・フィアット・アバルト2000。

ラリーの世界ではフィアットがバックアップする若手ドライバー育成用のワンメイク・ラリー・プログラムが70年代から行われており、マシンは「アウトビアンキA112」、「フィアット・ウーノ」、「フィアット・ウーノターボ」が使われてきた。

1993年からは新たに「トロフェオ・チンクエチェント・プロジェクト」がスタートした。そこで使用されたマシンが「フィアット・チンクエチェント・トロフェオ」(本連載第6回で紹介)で、アバルトの開発コードナンバー SE054が与えられた。トロフェオはユーズドカーの「フィアット・チンクエチェント」をベースにアバルトが開発したキットパーツが組み込まれ、低コストで参加できるように配慮されたのが育成プログラム用車両らしい。


「フィット・チンクエチェント・トロフェオ」。このモデルでは、”500”ではなく”Cinquecento”と表記された。エンジンは排気量903ccのOHVユニットを搭載した。

キットパーツの内容は、サスペンションとブレーキの強化、ロールケージや消火器などの安全装備、そしてドライビングをアシストする革巻きステアリングとフルバケットシート、4点式のシートベルトとなる。エンジンはイタリアの若年者免許規定にある最高速度150km/hを超えないようにあえてノーマルのままとされていた。

この「フィアット・チンクエチェント・トロフェオ」は、世界ラリー選手権(WRC)の伝統的な第1戦であるモンテカルロ・ラリーに組み込まれ、プロジェクトは人気を集めて大成功を収めた。

セイチェント・トロフェオの登場

トロフェオ・プロジェクトで使われるベース車両の「フィアット・チンクエチェント」は、1998年にフルモデルチェンジされ「フィアット・セイチェント」へと進化。フィアット・アウト・コルセとフィアット・ディーラーの協力のもと、「チャレンジ・フィアット・セイチェント・ラリー・トロフェオ・デッレ・リージョニ 1998」がシリーズ戦として開催されることとなった。イタリアの各地方を代表する20組のドライバーとコドライバーが集い、セイチェントで競うラリーとして全6戦が開催され、最終戦はWRCのサンレモ・ラリーに組み込まれた。


1999年のモンテカルロ・ラリーの模様。写真は、セイチェント・スポルティング・トロフェオの中で最上位となる23位、A5クラス優勝を勝ち取ったB.ジャンドメニコ/G.フラヴィオ組。

「チャレンジ・フィアット・セイチェント・ラリー・トロフェオ・デッレ・リージョニ 1998」への参戦にあたり、ベース車両は「フィアット・セイチェント」へと変更されたが、それにアバルトが開発したキットパーツ(アバルト開発コードナンバー SE075)を組み込んでレース車両を完成させるという成り立ちはチンクエチェントの時と同様だ。そのキットを組み込んだ車両には、「フィアット・セイチェント・スポルティング・トロフェオ」というモデル名が与えられた。


ベースとなったフィアット・セイチェント。フィアット・チンクエチェントの後継モデルで、丸みを帯びたスタイリングが特徴。

セイチェントは、リアサイドウインドウのボトムラインが後方で上に向かっていくデザインを採用し、フロント周りではヘッドランプが水滴型になったのがポイント。また全体的に丸みを帯びたプロポーションが採用された。ボディサイズは、全長3332mm(従来型比+102mm)、全幅1508mm(同+18mm)、全高1415mm(同-20mm)とチンクエチェントに比べて全高以外は若干大きくなったが、2200mmのホイールベースは変わらない。サスペンション形式もチンクエチェントから受け継がれた。

フロントに横置きで積まれる排気量1108ccの直列4気筒SOHCファイア・エンジンはベース車と同様で、最高出力54bhpを発生した。


1999年のモンテカルロ・ラリーにはアバルト製のコンプリートカー7台とキットカー3台の合計10台が参加。スタート前日に参加者一同で撮影された記念写真。

インテリアはノーマルを基本としつつ、競技者の安全性を確保するためにロールケージや消火器などの安全装備、ならびにドライバーを保持するフルバケットシートと4点式シートベルト、革巻きステアリングホイールが採用された。また、パッセンジャーシートの前にはラリーコンピューターを取り付けられるようにスペースが設けられていた。

こうしてイエローを基調にブルートレッドのアクセント・ストライプで彩られた「フィアット・セイチェント・スポルティング・トロフェオ」は、1998年シーズンから活躍を始める。車名にアバルトの名前こそ付かないが、ボンネットにはサソリのロゴが大きく誇らしげに描かれていた。


イタリアのラリー雑誌「TUTTO RALLY」にフィアット・アウト・コルセが出した広告。「チャレンジ・フィアット・セイチェント・ラリー・トロフェオ・デッレ・リージョニ1998」の開催を予告していた。

セイチェント・スポルティング・トロフェオは、レースで磨き上げたアバルトのテクノロジーが注がれたクルマだけに基本ポテンシャルは高く、ヨーロッパの若手ラリー・ドライバーのスキルアップに多大なる貢献を果たした。

またアバルトはトロフェオ用のほか、グループAクラス5に向けた高性能版のチューニングキットも用意していた。こちらは排気量を1147ccにまで拡大し、徹底的にチューニングを施こすことで最高出力は108bhp/7800rpmにまで引き上げられた。そこにプント用6速ギアボックスを組み合わせ、最高速度は193.5km/hを達成。アバルトらしい勢いのあるマシンに仕上げられていた。


こちらはグループAクラス5に向けたコンペティション版。

「フィアット・セイチェント」は日本に正規導入されなかったことから「トロフェオ」の存在が広く知られることはなかったが、熱心なアバルトファンの間では知る人ぞ知るモデルとして語り継がれている。

1998 FIAT SEICENTO SPORTING TROFEO

全長:3332mm
全幅:1508mm
全高:1415mm
ホイールベース:2200mm
車両重量:804kg
エンジン形式:水冷直列4気筒SOHC
総排気量:1108cc
最高出力:54bhp/5500rpm
変速機:5段マニュアル
タイヤ:165/55R13(ノーマル・セイチェント)
最高速度:150km/h