アバルトエピソード集:なぜアバルトは“小さな巨人”であり続けるのか
創始者カルロ・アバルトとはどんな人物だったのか
モータースポーツ界で確固たる存在感を築いたアバルトを語る上で欠かせないのが、ブランドの創始者であるカルロ・アバルトの存在だ。1949年、40歳のときにグイド・スカリアリーニと共にABARTH&C.社を設立。レースへの情熱は誰よりも強く、数々の記録を打ち立てるだけでなく、ベース車の性能を飛躍的に高めるチューニングキットを展開し、わずか数年でアバルトを世界的なブランドへと成長させた。
カルロの3人目で最後の妻、アンネリーゼ・アバルトは、彼についてこう語っている。
「カルロは周りから厳しい人だと思われがちですが、実際は違いました。とても繊細な人で、協力者たちにいつも寛大でした」
アバルトの創始者、カルロ・アバルト。
一方で、仕事に対しては常に全力だったという。
「仕事が彼の人生そのものでした。決して立ち止まることなく、週末もいつもレースのために旅をしていました。家に戻るとすぐに次の仕事やプロジェクトに取り掛かっていたんです」
そんなカルロだが、意外な一面もあった。絵画や家具を愛するコレクターであり、自分で創ることも好きだったという。
「ある時、建築家になりたかったと話してくれました。自分が作ったものが時を超えて残るからだそうです。クルマは永遠のものではないですからね」
カルロ・アバルトはこのように述べていたそうだが、彼が手がけたアバルト車の多くが、50~60年経った今でも愛好家たちによって大切に維持され、現存している。もしその事実を知ったら、カルロはどんな表情を浮かべるだろうか。
アバルトが製作に携わったモデル群。愛好家たちによって大切に動態保存されている。
モデル名にも息づく伝統とスピリット
さて、現代のアバルトのモデル名には、「500」や「595」といった数字の後に「Turismo(ツーリズモ)」や「Competizione(コンペティツィオーネ)」といったサブネームが組み合わされているが、これらの名前は単なるモデル名である以上に、過去から受け継がれるアバルトのレガシーを体現するモデルという意味も込められている。
「Turismo」は快適にドライブを楽しめるモデルを表し、「Competizione」はイタリア語で“競技”を意味し、その名の通りスポーティさを強調している。これらの原点は、1961年に登場した「フィアット・アバルト850TC」にまで遡る。TCとは「Turismo Competizione(ツーリズモ・コンペティツィオーネ)」の頭文字をとったもので、“日常走行もサーキット走行も1台でこなせるクルマ”というコンセプトが込められていた。
ちなみに、「アバルト・リトモTC125」というモデルも存在するが、こちらのTCは「ツインカム カムシャフト(Twin Camshaft)」を意味している。意味は異なるものの、「TC」という伝統的なネーミングを継承する姿勢は、アバルトがそのヘリテージを大切にしている証といえるだろう。
フィアット・アバルト850TC。
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