魅せられて20年、所有車数は数切れず…… アバルトオーナー寺井さんのスロットカーコレクション

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趣味の部屋にはスロットカー用のメンテナンスデスクも

アバルトというのは本当に不思議なブランドで、モータースポーツの世界を源にする強烈な走りの刺激をあたり前のように与えてくれもすれば、どこにでも難なく乗って出ていけるデイリーな実用性も見せてくれ、かと思えば心憎いセンスのよさが光るファッショナブルな一面もあって、そうした様々なモノやコトが矛盾もなく同居している極めて希有な存在です。これまで数え切れないほどのアバルト ユーザーとお会いしてきましたが、「これじゃなきゃ!」という気持ちでアバルトを選び、人生を共に楽しんでいるという方がほとんど。アバルトのオーナーさんには、こだわり屋さんが多いのかもしれません。

その代表選手といえるような方と出逢いました。アバルトライフFile.17でご登場いただいた、寺井規智さんです。その取材のときに同行されていた友人に、「寺井さんはクルマもそうだけど、スロットカーの趣味がものすごい」と教えていただいたのです。

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アバルト595Cツーリズモのオーナーの寺井さん。スロットカーの数は20年で増え続けるばかりだそうです。

スロットカーというものをご存じの方も少なくないでしょうが、ご存じない方のために簡単にご説明しておくと、車線ごとにスロット(溝)のあるコースに車体下部にガイド(半固定するための突起)のついたモデルカーを置き、コントローラーで電流を送りそれを制御することで、スロットに沿って走らせるホビーです。1960年代にスロットカー用サーキットでレースを楽しむことが世界的なブームとなり、以来、根強い趣味として定着しています。ミニチュアカーと同じように様々なメーカーが様々な車種を販売していて、コレクションを楽しむ方も多いのです。

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寺井さんのコレクションには、往年のレーシング・アバルトも。走っている姿を見たくなりますね。

その友人によれば、寺井さんの所有台数は千台を超えているのでは、とか。それを拝見するために、後日、趣味のために使っているという部屋にお邪魔しました。どうやら他にも保管場所をお持ちのようですが、そこにあったのは生産台数の極めて限られたコレクターズアイテムと呼べる貴重なモデルから普及版といえる量産モデルまでさまざま。どこを見てもスロットカー、スロットカー、スロットカー、です。モデルがケースの中に整然と並んでいたり積み重ねられていたりするだけじゃなく、車体をバラしたり組み立てたりするデスクもあれば、走行時の車体バランスをチェックするためのテスターまであって、寺井さんが単にスロットカーをコレクションしているだけじゃなく走らせることにも熱中していることは一目瞭然です。

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フィアット131をベースにアバルトがラリーマシンに仕立て上げた「フィアット131 アバルトラリー」。張り出した角形のオーバーフェンダーが特徴。1977年と1978年にWRCでワールドチャンピオンを勝ち取った。

スロットカーの楽しみはスピードだけにあらず

──いったい何台ぐらいあるんですか?

「いわれるほどはありませんよ。でも……数えたことはないです。というか、常に増えています(笑) 本当のクルマではこうはいきませんし、どんなにお金を積んでも絶対に手に入らないクルマっていうのもあるけど、スロットカーならできますからね」

──いつ頃からスロットカーの世界に?

「20年ほど前、ですね。友人に誘われたのがきっかけで、最初は子供を連れていったんですけど、おもしろくて、僕がはまっちゃった(笑)」

──どんなところにおもしろ味を感じたんですか?

「スロットカーって、いろいろなおもしろさがあるんですよ。モデルカーと同じようにこうしてボーッと眺めてるだけでも楽しいじゃないですか。それを自分の意のままに動かせるというのが、また楽しいんです。走らせたことがない人には想像できないぐらい速い。スケール・スピードにしたら実車より遙かに速いでしょ? それを走らせる楽しさと難しさ。速く走らせたりレースで仲間と戦ったりするのも楽しいんですけど、モデルによってはゆっくり走らせて、走っている姿を眺めるだけで楽しいなんてこともありますね。スピードだけじゃないんです」

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フィアット600をベースに、アバルトがチューンを加えたレーシングマシン「フィアット・アバルト850 TC」、ならびに「フィアット・アバルト1000 TC」。そこからさらにチューニングを突き詰めた「850/1000ベルリーナ・コルサ」は、ヨーロッパ・ツーリングカー選手権、ならびにイタリア・ツーリングカー選手権を席巻した。

「自分が納得できる完璧な状態に仕上げたい」

「レースの場合には、速く走らせるためのセッティングなんていうのも面白いですね。モデルによってはシャシーの硬さが選べるモノもあるし、もっと単純なところでは、例えばボディとシャシーの取り付け方をちょっと緩めにするだけで、走り方がガラッと変わるんです。スロットカーはフロントのほうにガイドがあるから、遠心力がかかった場合にはリアのほうが不安定になりがちで、ボディをガッチリと留めてるときにはソリッドでシャープな動きをするし、逆に緩く留めてるときにはその分横Gを吸収して、少しマイルドな動きをするんです」

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スロットカー用のテスター。スロットカーの重量バランスやモーターの回転数、通電状況を確認したり、モーターやギアの慣らしに使用する。

「改造パーツもたくさん揃ってますしね。タイヤなんて何種類も売られてますよ。タイヤの硬さでグリップが大きく変わるから、前後のグリップのバランスを考えたりしながらセッティングをしていく。リアに柔らかいタイヤを履けばグリップするし、そうすると持ちが悪いし。そういうところは普通のクルマと一緒です。あんまりグリップさせすぎると、スロットカーの場合は横Gに負けた瞬間にひっくり返っちゃいますけど(笑)」

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フィアット/アバルトに縁のあるモデルも。写真右のモデルは、フィアット600ではなく、スペインでセアトがラインセンス生産していたセアト600をベースとしたチューンアップ版。

──ひっくり返ったら、いろんなところが壊れそうですね。

「壊れたら直すんですよ(笑)。ガワ(ボディの外観)にはこだわらない人もいますけど、僕は美しい状態で走らせたい。それもスロットカーの元になったクルマに相応しい状態で、なるべく年式とかも合わせて、誰が見ても。というよりも自分が見て納得できる状態で走らせたいんです。

スペアのパーツなんてないことがほとんどだから、ほかの車種のパーツを流用して、加工してつけたりするんです。どうしてもない場合は、作ります。例えばウィンドスクリーンが壊れたりしたら、透明のプラ板を切ったり曲げたりして作ります。そういうこともあるので、ebayなどは常にチェックしてますね。壊れた中古品を買ったりするんですよ。部品取り用に。レストアすることもあります。スロットカーの場合には生産台数が限られていることが多いから、欲しいと思っていながらチャンスを逃しちゃうこともあるんです。そういうモデルが中古で見つかったら、手に入れてレストアします。ものすごく細かくて几帳面な作業が必要になるけど、そういうのも含めて、楽しいですね」

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寺井さんは、スロットカーのメンテナンスやレストアも行う。入手困難な部品は自ら作ってしまうこともあるとか。

──それ、寺井さんのお仕事である宝飾の世界にも通じてますね。

「スロットカーは純粋に趣味の世界でただただ楽しんでるけど、仕事は頭が痛くなるぐらい神経質になりますけどね(笑)。でも、近いところはあるかもしれません。僕は美しいもの、完璧に近いものが好きなんでしょうね。僕の仕事は店舗を構えて量産品をズラッと並べて不特定多数の方に販売するのではなくて、自分自身がひとりひとりのお客様と向かい合うかたちでやらせていただいています。もちろんメーカーが作ったモノも取り扱うんですが、宝石そのものは自然の産物だから、同じモノはふたつとないでしょう? それをどう見極めてベストなモノを、お客様にお渡しできるか。そこが一番大切なんです。何でもいいから売れればOKというやり方は好みじゃないから、新品であってもていねいに磨き上げますし、例えば百貨店の宝石店などでは問題なく販売できるようなレベルの商品でも自分が納得できなければ仕入れ先に返品することだってあります。そこは妥協できないし、妥協したらいけないところ。スロットカーを購入するときもステッカーの位置とかのバランスとかは徹底的に吟味しますけど、それはもう当然ですけど全く別の世界(笑)。向かい合ったお客様に喜んでいただくことで初めて成り立つ仕事だから、まったく気を抜くことができないです。長年この仕事をやってますけど、今でもものすごい緊張感を感じてますよ」

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寺井さんの595Cツーリズモ。

──そうした緊張感を、アバルトはやわらげてくれる、というわけですね。

「そうですね。クルマを走らせることにも快い緊張は感じますけど──特にアバルトは速いから──同時に大きな癒やしを与えてもらってる気もしますね。癒やしというより、解放、かな(笑)。アバルトを走らせているときには、他の何でもない“ただアバルトを走らせている自分”になれるから。それがとっても心地いいんですよ。前回のときに“アバルトに一生乗る”っていいましたけど、だからだと思うんです」

文 嶋田智之