1992 LANCIA DELTA HF INTEGRALE EVOLUZIONE GROUP A|アバルトの歴史を刻んだモデル No.072

1992 LANCIA DELTA HF INTEGRALE EVOLUZIONE GROUP A
1992年ランチア・デルタ HF インテグラーレ・エヴォルツィオーネ グループA

WRC制覇を目指して

国際ラリー選手権(WRC)は、1982年にレギュレーションが変更され、グループB規定の参戦車両の条件として定められるホモロゲーション(公認)の台数は、年間200台へと大幅に軽減された。しかし参戦マシンが過激になりすぎて重大なアクシデントが続出したため、1987年からは市販車に近いグループA車両で競われることになった。グループA規定では、連続する12か月間に5000台以上生産された4座席以上の市販車両が公認対象とされた。また公認車両からの改造範囲も限られるため、実戦で必要な基本的な機構は当初から備えている必要があった。

それまでグループBの「デルタ S4」でWRCを闘っていたランチアは、すぐさまグループA規定に対応する新型マシンの製作を決断する。開発はデルタ S4の時代から開発を担っていたアバルトが担当。その精鋭部隊は2ボックス・5ドアのファミリーカーだったランチア・デルタをベースに、2リッターDOHCターボエンジンを搭載し、ラリーカーに欠かせない4輪駆動システムを備えた「デルタ HF 4WD」をいち早く完成させた。他のメーカーが開発にてこずるなか、アバルトはグループA規定のラリーカーの基本形を確立させたのである。残念ながらマシンに「アバルト」の名は付かず、サソリのエンブレムが与えられることもなかったが、紛れもなくアバルトの作品だった。デルタ HF 4WDは1987年の開幕戦でデビューウインを飾り、圧倒的な強さで同年のマニュファクチャラーズとドライバーズ・チャンピオンを獲得したのである。


市販モデルのデルタ HF インテグラーレ・エヴォルツィオーネ。ワイドボディにされ、エンジンルームの冷却のためフロント周りに数多くのインテークが設けられていた。

一方でシーズンを重ねるにつれ、より戦闘力を高めた進化型が必要となり、アバルトは改良モデルの開発に着手した。基本構造をベース車から変更できないグループA規定だけに、1988年には太いタイヤを収められるブリスターフェンダーを備えた「デルタ HF インテグラーレ」を投入。1989年には4バルブエンジンを搭載するデルタ HF インテグラーレ 16Vへと進化し、常にライバルの一歩先を行くアドバンテージを得て1987年から1991年まで5年連続でマニュファクチャラーズ・チャンピオンをトリノに持ち帰ることに成功した。

エボリューションモデルの投入

1990年代に入るとトヨタを筆頭とする日本のメーカーがWRCで強力なライバルとして台頭した。そこでアバルトはさらなるアドバンテージを得るために、より戦闘力を高めて進化させたモデルを投入する。そこで送り出されたのが「デルタ HF インテグラーレ・エヴォルツィオーネ」である。その進化は一目でわかるもので、ワイドなボディが向上したパフォーマンスを物語っていた。


手前から2台目がデルタ HF インテグラーレ・エヴォルツィオーネ。手前のインテグラーレ 16Vと較べると、バンパーやフェンダーの形状の違いがわかる。なお、エヴォルツィオーネには進化版のエヴォルツィオーネIIも存在する。

デルタ HF インテグラーレ・エヴォルツィオーネでは、コーナリング性能を高めるために車幅が1770mmまで広げられ、トレッドは従来モデルに比べてフロントが54mm、リアは60mmも拡大された。サスペンションは全面的に改められ新設計のアーム類やストロークを増したダンパーを採用。あわせてブレーキを拡大するためにホイールは16インチへと大径化するなど、実戦に向け効果的な変更が加えられた。

さらにボディ剛性を高めるためにCピラー部分に補強を加え、フロントにはストラットタワーバーが標準で取り付けられた。リアのハッチゲートの上には、ダウンフォースを得るためにリアウイングが追加され、16Vとは比べ物にならない迫力を放った。なお市販車ベースの競技車両は常に熱との戦いに晒される傾向があり、デルタ HF インテグラーレ・エヴォルツィオーネでは冷却効果をさらに高めるため、前面のライト周りやスポイラーに数多くのインテークが設けられ、エンジンフード上のインテークも拡大された。インテグラーレシリーズとしてはモデル末期ながら、これだけのモディファイが行われたことからも、WRCでの戦いがいかに熾烈だったかがうかがえる。


エンジンは、2リッターの排気量ながら最高出力は365hpにまで高められた。また軽量化のため高価なカーボンやチタニウム、インコネルがふんだんに使用された。

アバルトの開発コードナンバー“SE050”

デルタ HF インテグラーレ・エヴォルツィオーネには、その開発コードナンバーにアバルトの仕事であることを示す「SE050」が与えられた。ボディワークは車両規定により変更できないため市販車と変わらない姿を受け継ぐが、車内にはロールケージが張り巡らされアクシデント時の乗員安全性とボディ剛性の向上が図られていた。ダッシュボードは形状こそノーマルと変わらないが、必要な計器類とスイッチのみが配されている。

エンジンは徹底的なチューニングが施されており、ターボの過給圧は1.9バールにまで高めることにより、最高出力はベース車の210hpの1.7倍にあたる365hpをマークしたという。トランスミッションは5速仕様と6速仕様があり、ギアレシオは3種用意された。またファイナルギアのレシオはラリーのコースに合わせて3.111:1から4.583:1までの50種類から選ぶことができた。


実戦を引退したデルタ HF インテグラーレ・エヴォルツィオーネは愛好家の手に渡り、素晴らしいコンディションが保たれ、たびたび海外のイベントにその姿を見せている。

各部の軽量化も徹底的に行われ、カーボンやチタニウム製パーツを積極的に使うことにより車重はノーマルの1350kgから1100kgまで低減し、戦闘力を大きく高めた。また1992年からチーム体制が変更され、ランチアではなくマルティニ・レーシングとしてエントリーし、ユハ・カンクネンとディディエ・オリオールを中心に、3人目のドライバーにはそれぞれのラリーのスペシャリストが起用された。

6年連続でワールドチャンピオンを獲得

デルタ HF インテグラーレ・エヴォルツィオーネは1992年WRC開幕戦のモンテカルロ・ラリーから投入され、歴代デルタ同様に見事にデビューウインを果たした。1992年シーズンは14戦中、実に8勝を挙げ、ランチア(アバルト)は前人未到となる6年連続マニュファクチャラーズ・チャンピオンを獲得。この6連覇という偉業は現在も破られておらず、WRCの金字塔として燦然と輝いている。

まさにアバルトが持つ高度なテクノロジーと、あくなき勝利への探求があったからこそ実現した誇らしい戦績である。なお、ランチアのワークス体制でのWRC参加は1992年をもってピリオドが打たれ、以後アバルトの仕事はサーキットへと集中することになる。

1992 LANCIA DELTA HF INTEGRALE EVOLUZIONE GROUP A

全長:3900mm
全幅:1770mm
全高:1360mm
ホイールベース:2480mm
車両重量:1100kg
エンジン形式:水冷直列4気筒DOHC+ターボチャージャー
総排気量:1995cc
最高出力:365HP/7000rpm
変速機:5/6段マニュアル
タイヤ:245/610-17(ターマック)