1988 ALFA ROMEO 164 Pro Car|アバルトの歴史を刻んだモデル No.068

1988 ALFA ROMEO 164 Pro Car
1988年アルファ ロメオ 164 プロカー

中身はF1のモンスターマシン

アバルトがこれまでに手掛けてきた仕事は多岐にわたる。1971年にフィアットグループ入りした後も、フィアットやランチアなどフィアットグループに属するブランドの競技用車両を製作し、“優勝請負人”としての任務を遂行してきた。1980年代後半になるとフィアットグループに新たに加わったアルファ ロメオのレーシングモデルの製作も任されることとなった。

こうしたなかF1を始めとする世界のモータースポーツを統括するFISA(国際自動車スポーツ連盟)は、新たなレースシリーズを提案した。1989年からF1のサポートレースとして行われる「新プロカーシリーズ」がそれだ。FISAは1978年から同一モデルを使いグランプリドライバーが競い合う「プロカーシリーズ」を行ってきたが、再びF1のサポートレースとして各メーカーが独自に製作したマシンで競う「新プロカーシリーズ」を立ち上げたのだった。


この写真だけを見れば車高が低いアルファ ロメオ 164にしか見えないだろう。しかし異様に太いタイヤがタダモノでないことを主張する。

新しいプロカーシリーズでは、1989年からF1で使用される自然吸気3,500ccのエンジンを用い、スタイリングは年間25,000台以上生産される量産車と同じ外観を保ち、ボディ寸法とホイールベースは変更不可という規定が設けられた。一方、最低重量は750kgに制限されるだけで、他は自由という緩いものだった。こうした基本条件さえクリアしていれば、エンジンの搭載位置からシャシー、サスペンション形式は自由で、F1マシンに市販セダンのボディをかぶせたような前代未聞のモンスターマシンが登場することが予想された。

3つの名を持つモデル

この「新プロカーシリーズ」に真っ先に参加を名乗り出たのがアルファ ロメオだった。1986年にフィアットグループ入りしたアルファ ロメオは、高性能なブランドイメージを高めるためにレースに挑むことを決めたのである。


トランクリッドに追加されたリアウイングが外観上のポイント。トランクフードにはツインスパークのバッジがユーモアとして取り付けられていた。

こうして「新プロカーシリーズ」に向けていち早く製作されたのが、当時のアルファ ロメオを代表する人気モデル「164」のスタイリングをまとった「アルファ ロメオ 164 プロカー」であった。外観は市販車と変わらないが、中身はF1マシンそのものといえる内容だった。

開発にあたってはアルファ ロメオが開発していた3.5リッターV10エンジンを基に、かつてF1でパートナーだったブラバムの製造部門MRD(モーター・レーシング・デベロップメント社)と、フィアットグループ内で競技車を担当するアバルトによるジョイントプロジェクトとして進められた。そのためマシンはアルファ ロメオでは164 プロカー、アバルトはSE046、ブラバムではBT57という3つの名で呼ばれることとなった。


走行準備中のアルファ ロメオ 164 プロカー。前後のボディパネルはこの写真のように取り外し可能とされた。

まさにモンスターマシン

アルファ ロメオ 164 プロカーを一見すると、低い車高でリアウイングが追加されただけに思えるが、フェンダー中に収まる極太タイヤがそのポテンシャルの高さを予感させた。またボディはカーボンケブラーでつくられた超軽量なボディカウルをまとった。

ボディワークは3つのセクションで構成。コックピット部分はシャシー中央に固定され、リアドア以降が一体のテール部分(パーテーションラインが描かれるだけのダミーのリアドア付き)とノーズとボンネットを一体化したフロント部分は取り外し可能とされた。ボディカウルに付くバンパーやライト類、ワイパー、バッジはロードカーのディテールを忠実に再現したものだった。

エンジンは規定で参加するメーカー製でなくてはならないため、アルファ ロメオがF1用として1985年から開発していた3.5リッターのV10ユニットが搭載された。挟み角72度で4バルブレイアウトを備え、最高出力600psを12,000rpmで発生したユニットである。


ミッドに搭載される3.5リッターV10エンジンは600psを発生。最高速度は340km/hに達した。

シャシーはF1マシン譲りのアルミニウムとノーメックスの複合ハニカム素材とカーボンで構成。ミッドに搭載するV10エンジンを構造材として使用するのはF1でおなじみの手法で、そこにヒューランド製TGTA-200型6速シーケンシャルギアボックスが組み合わされた。シャシーにはキャビン部分だけが構築され、前後カウルを外すとボディが載ったF1マシンという特異な姿をとっていた。

サスペンションは、F1で主流のウィッシュボーンとプッシュロッド式のスプリング/ダンパーユニットを採用。タイヤはミシュランのスリックを17インチのリムに装着し、ブレーキはカーボン製ディスクにAP製キャリパーが組み合わされた。


キャビンを除けば、ほぼF1マシンそのままのレイアウトといえるものだった。F1ではラジエターがサイドに位置するが、164 プロカーではフロントに配置された。

車両重量は規定最低重量となる750kgまでシェイプアップされ、パワー・ウェイト・レシオは0.8ps/kgと驚くべき数値を達成した。最高速度は340km/h、0-100km/h加速が2.1秒、0-400m加速が9.7秒、0-1,000m加速は17.5秒、当時のスーパーカーを脅かす驚愕のパフォーマンスを備えていた。

幻と化したプロカー

1988年4月に開かれたトリノショーでプロカー用3.5リッターV10エンジンを発表し、続くパリモーターショーで164 プロカーが披露され、アルファ ロメオの本気度をアピールした。

こうしてアバルトによる素早い仕事も後押しとなり、いち早く完成したアルファ ロメオ 164 プロカーは、1988年9月にアウトドローモ・モンツァに姿を現した。F1イタリア・グランプリの金曜日フリー走行が終了した後に、リカルド・パトレーゼのドライブで164 プロカーがコースイン。観客席からは普通のアルファ ロメオ 164にしか見えなかったが、走り出すとV10のレーシングサウンドがスタンドに響き渡り、歓声が上がった。パトレーゼには抑えて走れという指示が出ていたのだが、パラボリカから全開でグランドスタンド前を330km/h以上で駆け抜け、観客が総立ちになったという逸話が残っている。


164 プロカーは右ハンドルで、ダッシュボードは市販モデルのパーツを流用していたが、メーターは専用品。露出するカーボンモノコックがレーシングマシンであることを物語っていた。

しかしアルファ ロメオ 164プロカーの走りがサーキットで披露されたのは、残念ながらこれが最後となった。計画されていたプロカーシリーズにアルファ ロメオ以外のメーカーからの参戦表明がなく、FISAはプロカーシリーズの中止を決断。用意された164 プロカーは闘う場を失い、倉庫で眠り続けることとなった。しかしその後ランニングコンディションに整備され、2010年のグッドウッド・フェスティバル・オブ・スピードでデモランを行っている。

アバルトのテクノロジーが注ぎ込まれ完成した164 プロカーは、現在ミラノ郊外のアレーゼにあるアルファ ロメオ歴史博物館に展示されている。アバルトとアルファ ロメオとの関係はこれだけでは終わらず、年を追うごとにより強固なものとなり、数多くの栄光を勝ち取った。その足跡はまた別の機会に紹介したい。

1988 ALFA ROMEO 164 Pro Car

全長:4555mm
全幅:1760mm(ノーマル164数値)
ホイールベース:2660mm
車両重量:750kg
エンジン形式:水冷V10 DOHC40バルブ
総排気量:3495.4
最高出力:600ps/12500rpm
変速機:ヒューランド6速+後進1速
ホイール: 9.00×17(F)、13.5×17(R)
最高速度:340km/h
0-100km/h加速:2.1秒