1956 FIAT ABARTH 215A COUPE/216A SPYDER|アバルトの歴史を刻んだモデル No.063

1956 FIAT ABARTH 215A COUPE/216A SPYDER
フィアット・アバルト215Aクーペ/216Aスパイダー

自動車メーカーへの道

チシタリアから開発中のレーシングマシンを受け継ぎ、レーシングチームとして活動を始めたアバルトは当初、活動資金を得るためにエキゾーストシステムやツインキャブレターキットなどのチューニングパーツを開発・販売して収益をあげていた。市販車の開発を行う以前の話である。この頃カルロ・アバルトは将来的に自動車メーカーになる夢を温め、機会を見て様々なアプローチを試みていた。


アバルト205A。

そうした中で送り出された1台が、以前にアバルトクラシケで紹介したアバルト205A である。GTレース用にフィアット1100をベースに製作した204Aの発展型となるモデルで、性能とスタイリングの良さから高い評価を得た。その後もフィアット1500をベースにしたラグジュアリークーペや、フィアット1400をもとにカロッツェリア・ベルトーネと組んで開発した先鋭なスタイリングのショーモデルを発表し、顧客の反応を探っていた。

フィアット600の登場

こうした中で1955年にフィアットからフィアット600が登場する。後にアバルトの方向性を決定付けることになる1台である。フィアット600は、フレーム付きボディにフロントエンジン・後輪駆動レイアウトを組み合わせたそれまでの古典的なレイアウトと異なり、
フレームを持たないモノコック構造にリアエンジン・後輪駆動という近代的な構成を特徴としていた。


フィアット・アバルト 750 デリヴァツィオーネ。

フィアット600の可能性の高さを見抜いたアバルトは、すぐにさまざまなアプローチを開始する。最初に取り組んだのはフィアット600を高性能化するフィアット・アバルト 750 デリヴァツィオーネ・キットパーツ(アバルトクラシケNo.13)である。

レースで培った技術を駆使してアバルトが開発したチューニングキットは、鍛造のクランクシャフトや特製のピストン、ならびにシリンダーヘッド、スポーツカムシャフト、大径キャブレター、インテークマニフォールド、マルミッタ・アバルト(エキゾースト)などで構成。排気量を747ccに拡大し、最高出力はフィアット600の21.5hpから2倍近い41.5hpにまでアップ。最高速度は95km/hから130km/hにまで引き上げられ、走り好きのファンから絶大な人気を博した。

アバルトの新たな試み

アバルトはフィアット600をベースに高性能化するキットパーツのほかに、スペシャリティモデルの反応を探るために新たなショーモデルの製作に乗り出した。1956年3月に開かれたジュネーブ・モーターショーに出展されたアバルト215Aクーペと、翌4月にトリノショーで披露されたアバルト216Aスパイダーである。デザインはカロッツェリア・ベルトーネのフランコ・スカリオーネが担当した。


完成直後に撮影されたアバルト215Aクーペ。前後オーバーハングが長いことから全長3.5mあまりのクルマとは思えぬ伸びやかなスタイリングを特徴とした。

両車の基本的なスタイリングは共通で、クーペはホワイトのストライプが配された2トーン、スパイダーの方はエレガントなブラウンメタリックに塗られていた。斬新なポップアップ式のヘッドランプを採用し、排気量600ccのリアエンジン・スモールカーとは思えない、伸びやかで未来的なスタイリングを採用していた。ボディにはベルトーネがひと足先に発表したアルファロメオB.A.T9に用いられたデザイン要素も盛り込まれていた。


205Aクーペのリアフェンダーには、テールフィン形状が取り入れられ、リアエンドの開口部が小さいことからリアエンジン車に見えないプロポーションだった。

横に回転して現れるヘッドランプの採用によりノーズは低くされ、フェンダーラインの峰をつまみ上げたスタイルは自動車業界に影響をもたらし、1970年代初頭には各社からこれに影響を受けたと思われるモデルが登場している。


アバルト216Aスパイダー。ウエストラインから下はクーペと共通のデザインとなる。1956年に作られたモデルとは思えないモダンな造形を備えていた。

リアフェンダーも1950年代末にアメリカで大流行するテールフィンを先取りし、リアに周りは、ボディ後部をスパッと切り落としたデザイン手法“コーダトロンカ”を基調に、リアエンドが一段引っ込んだデザインを採用していた。1960年代中頃からトレンドとなる“コークボトル”ラインもいち早く取り入れ、アメリカ受けする要素を多く持っていた。

こうしてふたつのモーターショーでセンセーショナルにデビューしたアバルトの215Aクーペと216Aスパイダーは大きなインパクトを与え、アバルトの自動車メーカーとしての存在を強くアピールした。


スタイリング検討用モデルのほぼ最終的な仕様。リアパネルにはテールランプや開口部が描かれている。

しかし営業的な視点で見るとアバルトの経営を助けるほど売れるとは見込めず、レース用車両としても使えないため、市販化されることはなく歴史の狭間に消えて行った。


アバルト216Aスパイダーのリアビュー。ツインのエキゾーストパイプはリアエンドのクロームで縁取られた開口部から出され、反対側はインターナショナルプレートというシンメトリーなデザインを採用。テールフィン時代のアメリカ車的なイメージでまとめられていた。

アバルトは同時期にフィアット600のコンポーネンツを利用し、本来の道といえるレースに向けたモデルも製作していた。それは軽量なアルミボディを備える2座GTモデルの、フィアット・アバルト 750GT ザガート(アバルトクラシケNo.1)である。こちらはカロッツェリア・ザガートがデザインとボディの製作を担当した。


フィアット・アバルト 750GT ザガート。

1956年3月のジュネーブ・モーターショーで215Aクーペと同時に発表された750GT ザガートは、高い戦闘力が認められて実戦に投入され、カルロ・アバルトの目論み通り大成功を収めた。750GT ザガートがレースで大活躍したことにより、自動車メーカーとしての認知度を高めると共に商業的にも成功を収め、ブランドの躍進の礎となったのである。


1956年のジュネーブ・モーターショーのアバルトブースには215Aクーペ(手前)が披露された。ここでは大成功を収めるフィアット・アバルト 750GT ザガート(奥の白いクルマ)も姿を現した。

1956 FIAT ABARTH 215A COUPE
全長:3560mm
全幅:1390mm
全高:1180mm
ホイールベース:2000mm
車両重量:595kg
エンジン形式:水冷直4 OHV
総排気量:747cc
最高出力:47hp/6000rpm
変速機:4速MT+後進1速
最高速度:136km/h