2009 ABARTH 500 RALLY R3T|アバルトの歴史を刻んだモデル No.052

2009 ABARTH 500 RALLY R3T
アバルト 500ラリー R3T

“闘うアバルト”の復活

2007年のジュネーブモーターショーでブランドの復活を遂げたアバルト。イタリアのビッグネームが蘇ったことは、世界中の自動車ファンの間で大きな話題となった。アバルトは市販モデルの「アバルト グランデプント」「アバルト 500」を立て続けに送り出し、次に登場させたのは、“闘うアバルト”のスピリットを受け継ぐコンペティションモデルだった。


2009年に発表された「アバルト 500ラリー R3T」のデビュー当時のオフィシャル写真。カラーリングはあくまでイメージで、市販モデルは様々なカラーリングのベースとして対応しやすいホワイトが標準だった。

アバルトは2008年にワンメイクレース「500トロフィー」シリーズの立ち上げを発表し、このシリーズ戦のために用意したサーキット向けのコンペティションモデルが「500 アセットコルセ」である。レース用に仕立てられたその姿は、マニア心をくすぐる機能的なデザインが施され、アバルトらしさを醸し出していた。
この「アバルト500アセットコルセ」については本連載の16回目で紹介しているのでご覧いただきたい。


ムゼオ・チンクエチェント・レーシングチームから全日本ラリー選手権に参戦した2台のアバルト 500ラリー R3T。右のピンクのR3Tはラリー・ディ・ローマ・カピターレ 2017でクラス優勝を勝ち取った車両。

1971年にフィアットグループ入りしてからのアバルトは、フィアット 124 アバルトラリーを送り出し、その後、フィアット 131 アバルトラリーを皮切りに、ランチア・ラリー、ランチア・デルタS4、ランチア・デルタ HF インテグラーレで数々のワールドチャンピオンを持ち帰った。しかし、アバルトの血を引き継ぐフィアットグループのモータースポーツ部門は、1997年にフィアット・アウト・コルセに統合され、アバルト直系の活動にピリオドが打たれることとなった。

アバルトの市販ラリーカー

新生アバルトの闘いのDNAは、レース車両の開発に続いて、ラリーフィールドへの復活も果たす。当時のラリー界はメーカーが競い合うトップカテゴリーのWRカーがトップを競っていたが、アバルトは2009年にプライベーターに向けた市販ラリーカーである「500ラリー R3T」を送り出した。

このモデルはFIA(国際自動車連盟)の新しい車両規定として設けられた「グループ R」規定に合わせて開発されたもの。グループ Rは排気量やターボの有無によりR1からR5クラスに分けられ、アバルトが属したのは主流といえるR3クラスのターボ付き車両を意味するR3Tクラス。規定では二輪駆動車に限られ、エンジンは4気筒以下で排気量 1620cc以下のものにターボチャージャーを備え、最低車両重量は1080kgと定められている。


500ラリー R3Tのエクステリアは市販の500とほとんど変わらない。しかし競技用車両だけに中身は別物。

こうして誕生した500ラリー R3Tは、姿こそ市販車の500とあまり変わらないように見えるが、中味はレーシングマシンそのものだった。エンジンは基本形式こそ500と同じ1368cc の4気筒DOHC 4バルブだが、ターボチャージャーは大型のギャレット製 GT1446型が組み込まれている。一方、同じターボチャージャーを備えるアセットコルセの190psに対し、ラリー仕様では路面状況が大きく変わるため扱い易い出力特性にしたことから180psに留まる。


4灯のライトポットは標準で付属する。4カ所のロックで簡単に取り外しが可能。ルーフには往年のアバルトのラリーカーと同様に吸気用のエアダクトが備わる。

組み合わされるトランスミッションは6速シーケンシャルタイプで、クラッチは確実にパワーを伝えるツインプレート式。さらにマルチプレート・セルフロッキング・ディファレンシャルが組み込まれ、トラクション性能が高められている。

サスペンションは、ステージによって大きく変わる路面状況や、ドライバーの好みに合わせられるように車高調整機能に加え、キャスターとキャンバーを調整できる構造とされた。


エンジンはMAXの数値よりも扱い易い特性が追求された(左)。マニエッティ・マレリ製のマルチ・ディスプレイはコドライバーからの視認性確保のため、ダッシュ中央に配された(右)。

ブレーキはブレンボ製でフロントは340mm径のベンチレーテッドディスクに4ポッドキャリパー、リアは240mm径のソリッドディスクに2ポッドキャリパー、そして前後輪にハイパフォーマンス・ブレーキパッドが組み合わされた。レーシングマシンだけにブレーキの前後バランス調整も備わる。サイドブレーキはブレーキターンを考慮して油圧式とされたほか、ホイールはOZ製17インチが組み合わされた。


車内は必要なものだけが備わる。標準モデルでメーターが位置したところには警告灯類が配置されている。公道で使用されることからクッションの厚いバケットシートが採用されている。

車内に目を移すと、縦横に組まれた溶接されたロールケージによりボディ剛性の向上が図られていることに気づく。ディスプレイはドライバー正面からダッシュ中央に移設され、コドライバーからの視認性が高められているのがラリーカーらしい。

全日本ラリー選手権で大活躍

500ラリー R3Tはラリー用の競技車両だったことから日本には正規に導入されなかったが、ムゼオ・チンクエチェント・レーシングチーム(mCrt)が全日本ラリー選手権に眞貝知志選手のドライブで挑戦を開始。初年となる2014年は日本にRクラスが無かったためオープン・クラスで参戦、R規定の車両が日本で正式に参戦できる道を切り開いた。


車内には万一の横転に備えロールケージが張り巡らされる。コドライバー用のフットレストも備わり、足元には消火器が置かれる。

2015年はクラス優勝2回とクラス2位を2回勝ち取り、グラベル(未舗装路)戦は不参加ながらもシリーズ3位を獲得し、アバルトの戦闘力の高さを知らしめた。2016年は参戦した全日本ラリー選手権の唐津と妻恋でクラス優勝を果たし、イタリアで開かれたラリー・ディ・ローマ・カピターレ2016にも眞貝知志選手のドライブで挑戦。初参加で大健闘したものの、トラブルにより残念ながらリタイアを余儀なくされた。

翌2017年は前年の雪辱を晴らすべく再びラリー・ディ・ローマ・カピターレ 2017に挑戦。前年の経験を活かしたチームと眞貝知志選手の卓越したテクニックによりRC3クラスの優勝を果たす快挙を成し遂げた。

2009 ABARTH 500 RALLY R3T

全長:3655mm
全幅:1625mm
ホイールベース:2300mm
車両重量:1080kg
エンジン形式:水冷直列4気筒DOHC+インタークーラ一付ターボチャージャー
総排気量:1368cc
最高出力:180ps/5500rpm
変速機:6段シーケンシャル
タイヤ:19/62-17