FIAT ABARTH OTR1000 COUPE|アバルトの歴史を刻んだモデル No.038

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1965 FIAT ABARTH OTR1000 COUPE
フィアット・アバルト OTR1000クーペ

半球形シリンダーヘッド「テスタ・ラディアーレ」採用の高性能バージョン

前回ご紹介したフィアット・アバルト OT1000クーペには、アバルトの常でレース出場を視野に入れた高性能仕様も用意された。それが「OTR1000クーペ」だ。

最初に発売されたベースグレードといえるOT1000クーペは、一足先にOT1000ベルリーナで使用されていたアバルトにとっておなじみのエンジン排気量である982ccユニットを搭載。最高出力62HPを発揮し、最高速はベースとなったフィアット850クーペの135km/hから155km/hに高められ、より高性能なモデルを求める世界中のクルマ好きから支持された。

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フィアット・アバルト OTR1000クーペのカタログ。当時の定型サイズで1枚もののシンプルなものだった。カタログの裏面はスペックのみが記され、その高性能さを静かにアピールした。

しかし根底にレースの血が流れるアバルトの車両開発へのモチベーションは、OT1000クーペだけでは収まらなかった。OT1000クーペに搭載されたフィアット850由来のエンジンは、生産性を優先したカウンターフロー式のシリンダーヘッドを採用しており、アバルトもコストを優先してこのヘッドを加工して使用していたが、カウンターフロー式シリンダーヘッドではこれ以上チューニングの余地がないことから、吸気と排気を担当する2つの半球形燃焼室で構成されるクロスフロー型シリンダーヘッドを新たに開発したのである。燃焼室の形状は理論的な理想形が追求され、吸気バルブを大径化して混合気の吸入量を増やすと共に、吸気と排気の流れを整えるレイアウトが取り入れられた。

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「テスタ・ラディアーレ」エンジンは982ccから最高出力74HPを生み出し、最高速度は172km/hをマークした。

このシリンダーヘッドは燃焼室形状からイタリア語で「テスタ(ヘッドを意味する)・ラディアーレ」(放射状/半球形を指す)と呼ばれ、排気量は982ccとこれまでと同じながら最高出力は74HP/6500rpmにまで高められ、最高速度は172km/hをマークするに至った。こうして「テスタ・ラディアーレ」エンジンを搭載するモデルは、ラディアーレの頭文字である“R”がモデル名に加えられ、「OTR1000クーペ」と命名。1965年秋に送り出された。なお、OTRのモデル名は、「Omologato Turismo Radiale/オモロガート・トゥーリズモ・ラディアーレ」の頭文字をとっている。そのポジショニングを現代のモデルに例えると、アバルト500(595)と695ビポストに近いがその差は大きい。

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当時製作されたポスタータイプのカタログ。当時のアバルトとしては豪華版といえるフルカラー印刷だった。

ここでOT1000の高性能版がクーペボディで製作された理由を説明しよう。この高性能モデルではエンジンが発生する熱量が大きくなるため、それまでエンジンルームに置かれていたラジエターをフロントの冷却効果の高い位置に移動する必要があった。ベルリーナでは車高が高いことに加え前面投影面積が大きいため選外となる。本来であれば車高が低く前面投影面積の小さいスパイダーが適任だったが、デザイン優先の薄いノーズ形状のためラジエターを配置するには大改造が必要になることから、ボディワークの加工が行いやすいクーペが選ばれたという。

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ラジエターがフロントに移設されたため、モデル名を記したアクリル製プレートの下にラジエターグリルが付けられた。

ベースモデルといえるOT1000クーペではフロントにアバルトのエンブレムを配した小さなグリルとアクリル製のモデル名を記したプレートが付けられ、リヤエンドに「FIAT ABARTH 1000」のバッジが追加されただけで、ボディの変更は行われなかった。しかしOTR1000クーペではフロントのトランクスペースにラジエターを配置したことにより、モデル名を記したアクリル製プレートの下にラジエターグリルが設けられたのが特徴である。

ボディサイドのドア後ろには「Campionato del Mondo/ワールドチャンピオン」のバッジが追加され、その出自を主張していた。このほかエクステリアではリヤエンドに付く「FIAT ABARTH 1000」のバッジのほか、Tを大きくデザインした「OTR」のバッジが追加されている。

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リヤから見ると小さな「OTR」のバッジが識別点となる。

もちろんリヤスカートの奥にはお約束のアルミ合金製のフィンが刻まれたオイルサンプと、看板商品である排気効率の高いマルミッタ・アバルトが性能の高さを主張していた。ホイールはスチール製だがオフセットの少ない深リムで長孔の冷却穴が開けられたデザインの5.5J×13が採用され、そこに145R13サイズのタイヤが組み込まれた。またオプションでエレクトロン(マグネシウム合金)製の、いわゆる“アバルトパターン”のホイールも用意されていた。

室内に目を移すと基本的にはOT1000クーペと変わらないが、パワーアップしたエンジンのコンディションを確認できるようにダッシュボード下の中央右寄りに油圧計と油温計が追加された。このほかアバルト製の3スポークの革巻きステアリングホイールが採用されたことにも注目したい。1970年代になって単品で販売された“アバルトステアリング”に比べ、大径でグリップが細くスポークの穴の形状が異なり、愛好家の間では“旧タイプ”と呼ばれ珍重されているものである。

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インテリアはOT1000クーペに準じるが、ダッシュ中央に油圧計と油温計が追加され、アバルト製の3スポーク革巻きステアリングホイールが特徴。

またトランクスペースは、前寄り下側にラジエターが配置されてその上にシュラウドが張り出したことから、スペアタイヤは中央に水平に置かれることになり、その周りにはジャッキと工具が固定され、荷物がほとんど積めなくなってしまった。

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トランクスペースにラジエターが配置されたため、スペアタイヤは中央に水平に置かれた。

こうしてアバルトの製品リストに載ったOTR1000クーペ。OT1000クーペが116万リラ(約67万円)であったのに対し、OTR1000クーペは141万リラ(約81.4万円)とされた。現在の物価に置き換えると約334万円と高額だった。

さらにアバルトはOTRに留まらず、OTR1000クーペと同じボディに従来のカウンターフロー式シリンダーヘッド エンジンのチューニングを高め、最高出力を68HPまで引き上げた「OTS1000クーペ」も追加した。OT1000とOTR1000の中間的なスペックを持つそちらのモデルもサーキットで活躍するのだった。

1965 FIAT ABARTH OTR1000 COUPE

全長:3608mm
全幅:1500mm
全高:1300mm
ホイールベース:2027mm
車両重量:760kg
エンジン形式:水冷直列4気筒OHV
総排気量:982cc
最高出力:74PS/6500rpm
変速機:4段マニュアル
タイヤ:145R13
最高速度:172km/h