乗るたびに胸が踊る アバルト595試乗インプレッション by 木下隆之氏

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セオリーから外れたスタイリング

ひさしぶりの「アバルト595」のドライブを前に僕は興奮していた。記憶に強く刻まれているあの「小ささ」と「毒気」を思い起こし、遠足を前にした子供のようにワクワクしたのだ。595のディメンションは全長3660mm×全幅1625mm×全高1505mmである。小ささや軽さを売りにしているマツダ・ロードスターよりも圧倒的に小さい。具体的には前後は225mmも短く、左右にも115mm狭い。逆に全高は270mmも高い。この前後左右にコンパクトであり、だというのに全高が高いのがポイントだ。抱きしめたくなるほどキュートで、抱えて運べそうなほどコンパクトでかつ、小さな団子の山のようなボディが、心を引きつけるひとつの魅力だ。

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著者のレーシングドライバー/モータージャーナリスト木下隆之氏。

それでいて、そのボディにはサソリの魂が充満している。節足動物のサソリは、前に鋭い牙のようなハサミを持ち、尾っぽに毒針を持つ。体長は数センチほどだから木の葉に隠れてしまえるほど小さい。だが、毒針の先が放つ毒素は強烈だ。小さいからといってナメてかかると、数十倍も大きな体躯の哺乳類すらも神経が麻痺するほど危険だそうだ。そう、595のその愛らしいスタイルとデザインに気を許していると、内に秘めた毒素にやられそうになるのだ。

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とことんヤンチャ

その毒素はつまり、エンジンである。直列4気筒DOHC16バルブインタークーラーターボは、排気量こそ1.4リッターに過ぎないけれど、最高出力145ps、最大トルク180Nmを炸裂させる。その味は数値以上に激辛である。アクセルを床まで踏み込んでも、低回転域ではターボラグがある。だがある瞬間をさかいに、回転計の針がパチンと弾けるのだ。正面のインパネと独立した位置にブースト圧計が設置されている。前方の伸びる道に集中して加速しているはずなのに、視界の片隅でブースト圧計の針の跳ね上がると、その動きにはっと目が奪われることがあった。パワーウエイトレシオは7.7kg/PSである。0-100km/h加速は7.8秒だ。感覚的には5秒台は記録しそうなほど俊足に感じたのは、エンジン特性に躍動感があるからなのだろう。

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ブラックを基調としたインテリア。ボディカラーとコーディネイトされたダッシュパネルがアクセントとして与えられている。

しかも、コーナリング中にアクセルオンを喰らわせると、ハイパワーFFらしいトルクステアに見舞われるなんてところもサソリらしい。タイヤサイズはコンパクトなキュートボディにとってはオーバーサイズの195/45R16インチを装着しているのに、加速した瞬間にタイヤがキュキュッと悲鳴をあげる。とことんヤンチャである。

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「595」に搭載される1.4リッターエンジンは、最高出力145ps、最大トルク180Nmを発生。スポーツボタンを押すと最大トルクは210Nmに向上し、パワーステアリングの制御もスポーティな設定に切り替わる。

思い通りに向きが変わる

ただし、いわゆるハイパワーFFの悪癖であるパワーアンダーは少ない。瞬間的に駆動輪がスキッドすることはあるけれど、コーナリング特性は軽微なアンダーステアに整えられている。というよりも、時にはリバースステアを誘い込むことさえできる。全長が短いだけでなく、ホイールベースも2300mmに抑えられている。それでいてトレッドは前1415mm/後1410mmである。前後に短いのにタイヤは大地に踏ん張るように四隅に配置されているから、切れ味のいいフットワークを示すのだ。クルクルっとその場で回ってしまえるのではないかと思うほど、タックインでノーズを振り向かせることも可能である。

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コーナーリングではアンダーステア傾向は少なく、切れ味のいいフットワークを示す。

ここまでのインプレッションはドライビングモードが標準の時のものである。スポーツモードにアジャストすればさらに毒気が濃くなる。最大トルクは180Nmから210Nmに跳ね上がる。低回転域で路面をかきむしる頻度があきらかに増えるのだ。こうなるともうマシンとの格闘に近い。
試乗車は5速マニュアルだった。インパネから生えたシフトレバーをコキコキ操ってスポーツモードの強烈なトルクをなだめすかすのは快感だ。コーナー脱出時のトルクステアは低いギアの方が強烈だからと、あえて高いギアで挑むと気持ち良かったり、あるいは逆に低いギアで一発蹴っておいて、すかさず早めのシフトアップで続く長い加速に備えてみたりするのも楽しい。ヒール&トーでブレーキングとシフトダウンを完璧にキメた時は最高である。最近主流のシーケンシャルシフトにはない魅力があるのだ。

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アバルト595シリーズのラインアップのうち、「595」と「595コンペティツィオーネ」には5MTモデルが設定される。毒気が強いエンジンをMTで走らせるのは楽しい。

刺激的なエンジン特性を活かすように、素早いシフトアップやシフトダウンに挑んでみる。1速から2速、あるいは3速から4速は前後に素早くスライドさせるだから簡単だ。2速から3速や、4速から5速への偶数ギアから奇数ギアへのシフトチェンジはゲートを捻りながら放り込むから動作は複雑になるが、それをすばやく完璧にこなせるととても気持ちがいい。

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「595」のコクピット。ステアリングホイールをはじめ、シートやペダルなど、あらゆる装備が“スポーツ”を意識させるつくりとなっている。

そんなマシンを操る至福のひと時を楽しんだ後、ふっと改めて3枚のペダルを眺めたら、レース用に似た滑り止め付きのアルミペダルがキラと光って見えた。そこにアバルトの象徴であるサソリのマークが彫り込まれているのを見てニヤッとした。サソリの毒にはドライバーを痺れさせるだけでなく、快感成分を含んでいるに違いない。それがひとたび体に染み込むとなかなか抜けないのだ。

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木下隆之
大学生時代からモータースポーツに参加。全日本レースで数々の優勝を飾り、シリーズチャンピオンを多数獲得。スーパー耐久では史上最多勝利数記録を更新中。伝統的なニュルブルクリンク24時間レースには日本人最多出場、最速タイム、最高位を保持。レース活動のほか、マスコミ出演も多数。自動車雑誌および一般男性誌に寄稿している。日本カーオブザイヤー選考委員、日本ボートオブザイヤー選考委員