クラブ・アバルト会長、和泉孝弥さんに尋ねる

現代自動車界に並み居るビッグネームの中でも最も個性的なブランドの一つであるとともに、最も熱いブランドでもあるアバルト。そんなアバルトを熱愛してやまないオーナーとは、果たしてどんなパーソナリティを持つ人物であるかについては、同じくアバルト・ファンであろうSCORPION MAGAZINE読者諸賢にとっても興味深いことに違いない。
今回はアバルト・ファンを代表する一人として、クラシック・アバルトと最新アバルトの双方を所有する生粋のエンスージアスト、和泉孝弥さんを訪ね、アバルトとの邂逅やアバルトへの想いについてお話しを伺ってみることにした。

1968年生まれの和泉孝弥さん。写真に映ったとおりの穏やかなジェントルマンで、周囲の年長者たちの評判も抜群だが、その一方でイタリア車への想いは熱いものを持っている。

和泉さんは1950~60年代のイタリア製クラシックカー愛好家にして、新旧アバルトの愛好家によって結成された日本唯一/最大のアバルト・クラブである“CLUB ABARTH”の会長も務める人物。とても穏やかかつ控えめな気質の持ち主で、年長者の多いクラブ内でも絶大な信頼を集めているという。しかし、その柔らかな物腰とは裏腹に、イタリアン・クラシックカーとアバルトに懸ける想いは人一倍熱いようだ。

和泉さんがイタリア製クラシックカーの魅力に開眼したのは、もう20年以上も昔の話。彼がまだ20代前半だった頃のことだったという。
「当時憧れだったアルファ ロメオ・ジュニアZ1300を手に入れたのがきっかけです。その後しばしのブランクを経てディーノ246GTを入手。こちらには7年ほど乗りましたが、その頃から“ラ・フェスタ・ミッレミリア(当時の名称)”などのクラシックカーによるタイムラリー競技にも出てみたいと考えるようになっていたことから、それらラリーイベントのレギュレーションが要求する年式の車両購入を本気で考えるようになりました。そこで知り合いから紹介されたのが、この1955年型アバルト207Aボアーノ製バルケッタだったのです。」
初めて愛車としたアバルトが、いきなり博物館級のクラシックモデルとなってしまった和泉さんだが、アバルト207Aボアーノの第一印象と、乗ってからの感想はどのようなものだったのだろうか?
「まずはこの美しさに魅了されてしまいました。イタリア製バルケッタ、いわゆる“虫系”のレーシングスポーツカーには魅力的なスタイルのクルマが多いのですが、特に当時の一流デザイナーであるフェリーチェ・マリオ・ボアーノが手掛けたこのクルマは、純粋なレーシングカーでありながらエレガントなんですよ。そして乗ってみて驚いたのが、もの凄く速くて楽しいクルマであることでした。当時の1.1リッターですからパワーは大したことないのですが、軽いから速いしハンドリングも楽しい。アバルトの速さへのこだわり、そして美しさへのこだわりは、ごく初期のこのクルマでも既に実現されていたんですね。」

“スーパーカーブーム”吹き荒れた少年時代からの憧れだったディーノ246GTも、約6年間に亘って所有したが、和泉さんの嗜好はこの頃から小排気量車へと移っていったという。

ディーノ246GTを愛用する傍らで、フィアット850スパイダーも入手。ちなみにこの美しいスパイダーは、1960年代にアバルトのベース車両となったことでも知られている。

かくして和泉さんは6年前、当時30歳台半ばの若さで、日本に現存する中でも最も古いアバルトの一台を手に入れるに至った。そして彼のコレクションについ先日加わったのが、現時点における最新のアバルト、アバルト695エディツィオーネ・マセラティである。
「昨年の第3回アバルト デイズで、メディア用のカメラカーとして提供されたアバルト695トリブート・フェラーリのドライバーを担当したんですが、その速さと楽しさにすっかり魅せられてしまいました。しかしトリブート・フェラーリではその名のとおり、現代のフェラーリを強く意識したコスメチューンが、私の好みからすると少し派手すぎるように映ったんです。ところが今年1月の“東京オートサロン2013”で695エディツィオーネ・マセラティを初めて間近に見て、エレガントでシックな雰囲気がすっかり気に入ってしまったのです。」
それで購入を決めてしまった?
「それまで愛用していた某イタリア車のことも非常に気に入っていたので、かなり悩んだのですが、結局“サソリの毒”にやられてしまったんでしょうね。最新アバルトも一度を乗っておかないと“エンスージアストとしては話にならない!”と思ったんです。」

左:クラシックカーのタイムラリーに参加を期して購入したというアバルト207Aボアーノ。ガレージに貼られた夥しいゼッケンは、和泉さんの目標が達成されたことを示している。 右:2010年に開催された第1回アバルト デイズに参加した。和泉さんとアバルト207Aボアーノ。4月末ながら雪に見舞われた厳しいコンディションのもと、見事に完走を果たした。

左:和泉さんと愛車たちが、日本各地のクラシックカー・イベントで獲得したトロフィーや盾の数々。あくまで趣味とはいえども、真剣に取り組んでいたことが良く分かるだろう。 右:和泉さんと207Aボアーノは、サーキット走行にも勇躍チャレンジしている。これは2011年に富士スピードウェイ・ショートコースで開催された“Scorpione Day”で撮影したもの

そして、ついに和泉さんの手元に届いたアバルト695エディツィオーネ・マセラティは、今年5月の“アバルトデイズ”で初披露。まだまだ馴らし運転中とのことだが、その印象はどんなものなのだろうか?
「走りの内容はトリブート・フェラーリと事実上同じなのに、こちらはシックなオープン。インテリアの雰囲気も素敵です。その一方で妙に威張った感じも無い、粋なクルマだと思います。しかもフィールからサウンドに至るまで、昔ながらのアバルトの素晴らしさを、現代車として巧みに昇華させていると感じますね。かつてのアバルトを熟知した“手練れ”の技術者たちが創った作品ということでしょう。だから旧いアバルトに乗っている愛好家の人こそ、是非一度乗ってみるべきだと思います。」

第4回アバルトデイズのタイム&クイズラリーにて、仲間たちとともに海辺のワインディングを快走する、和泉さんの新しい愛車アバルト695エディツィオーネ・マセラティ。

和泉さんは最古&最新2台のアバルトに加え、最初期型フィアット500およびASA1000GTという、希少なイタリアン・クラシックを所有。その見識は素晴らしいのひと言に尽きる。

当代最新のアバルトと、今なお芸術品として敬愛されるクラシック・アバルト。その双方を愛する和泉さんの言葉からも、アバルトが今も昔も変わらぬスピリットを持ち続けていることが証明されることになった。
こんな素敵なブランドは、世界のどこを探しても見つからないと思うのである。