2007 ABARTH GRANDE PUNTO S2000|アバルトの歴史を刻んだモデル No.056

2007 ABARTH GRANDE PUNTO S2000
アバルト・グランデプント S2000

アバルトの復活を告げたラリーカー

モータースポーツへの参戦を通じて磨き上げられたアバルトのクルマ作りのノウハウ。その能力は、1979年にフィアット・グループからアバルトの名が姿を消した後も必要とされた。アバルト時代の熟練スタッフはグループ内のレーシングカー開発に携わり、勝利を勝ち取るマシンを送り出してきた。21世紀に入ってからも、その精神はフィアットのレースエンジニアたちに綿々と受け継がれた。

アバルトは以前からイタリアの若手ドライバーを育成するフォーミュラ・イタリアやトロフェオ・チンクエチェント用に専用マシンを用意してきた。こうしたなかで、世界ラリー選手権(WRC)の中に、28歳未満の若手ドライバーを対象とするFIAジュニアWRC(ジュニア世界ラリー選手権)というクラスが設けられた。フィアットはこのシリーズへの参戦車両を手掛けることを決め、2000年にフィアット・プント・アバルトS1600を送り出す。以前紹介したこのプント・アバルトS1600の開発はアバルトの血筋を受け継ぐフィアットのエンジニアが行い、フィアット・グループ内でモータースポーツのプロモーションおよびマネージメントを担当するNテクノロジーが製作を担当した。


若手ドライバーの育成を背景に、フィアットがFIAジュニアWRCの参戦車両として開発したフィアット・プント・アバルトS1600。

こうして誕生したプント・アバルトS1600は、2000年のサンレモ・ラリーで初優勝を飾り、2002年から2004年のイタリア・ラリー選手権でシリーズチャンピオンを獲得する活躍を遂げた。

S2000クラスへのチャレンジ

こうしてS1600クラスでチャンピオンを獲得したフィアットは、次なるプロジェクトに取り掛かる。狙いをつけたのは、FIAがグループA規定を発展させたスーパー2000(S2000)クラスだった。


アバルト復活時に発表されたアバルト・グランデプントS2000のレンダリング。

ちなみにS2000の車両規定は連続する12か月間に2500台以上生産された4座席以上を備える量産車がベース車となる。自然吸気2.0リッターまでのエンジンへの換装が許され、後に1.6リッターターボも使用できるようになった。駆動方式は規定のシステムを利用して4輪駆動に変更することも可能だった。このほか車体の軽量化や空力パーツを取り付けることが許された。

グランデプントS2000の登場

こうしたなかフィアットは、S2000規定のマシンでラリーに挑むことを決める。そこで製作されたのがフィアット・グランデプントS2000だった。この時点でもアバルトの技を受け継ぐエンジニアは存在したが、組織として存在しなかったため、車名にアバルトの名が付くことはなかった。


アバルト・グランデプントS2000のリアビュー。張り出されたフェンダーが確認できる。ルーフ後端にはリヤスポイラーが追加されている。

先のS1600では2代目プントをベースに製作されたが、S2000用マシンは2005年にフルモデルチェンジした3代目グランデプントが利用された。グランデプントはフィアットのベーシックカーだが、そこは百戦錬磨のアバルトの血を受け継ぐ技術陣の手により、実戦マシンへと変貌を遂げていた。エンジンは規定で許される最大排気量である2リッターとし、徹底的なチューニングにより270bhpを発揮。そこにシーケンシャル式6段トランスミッションが組み合わせられた。

ドライブトレーンは、かつて前輪駆動のランチア・デルタを4WD化してグループAのチャンピオンとなったランチア・デルタHFインテグラ―レの経験を生かし、4輪駆動へと改められた。またサスペンションはフロントこそマクファーソン・ストラットで変わらないが、トーションビーム式だったリヤは4WD化によりマクファーソン・ストラット式に変更されている。


2007年のジュネーブ・モーターショーでアバルト復活を告げる大役を務めたアバルト・グランデプントS2000。

またトレッドの拡大に伴い、フェンダーは拡幅され、全幅は115mm増となる1800mmに設定された。このほかルーフの後端にはプントS1600と同様に別体型のリヤスポイラーが追加され細かなセッティングに対応するなど、アバルトの文法で作り上げられたマシンだった。

数々の記録を樹立

2006年にデビューしたフィアット・グランデプントS2000は、WRCには当時参加できるクラスがなかったため、この年からスタートしたIRC(インターコンチネンタル・ラリー・チャレンジ)シリーズとイタリア・ラリー選手権へ参戦する。デビューするや圧倒的な強さを見せつけ両シリーズの年間チャンピオンをあたりまえのように勝ち取った。


アバルトが復活するまではグランデプントS2000はフィアットとして参加していた。しかしウインドステッカーには戦いの象徴として「ABARTH」の文字が記されていた。

2007年にはイタリア・ラリー選手権の年間タイトルを2年連続で獲得すると共に、スペイン・ラリー選手権をも制し、さらにはヨーロッパ・ラリー選手権(ERC)では2006年と2009~2011年と4度のシリーズチャンピオンを勝ち取る活躍を遂げるのだった。


アバルトの復活と共にスクアドラ・コルセ(レーシングチーム)が立ち上げられ、以後アバルトのワークスチームとして参戦した。

アバルト新時代の幕開け

2007年はアバルトにとって記念すべき年となる。長らく絶えていたアバルトが復活されることが2月に公式に発表されたのである。ここから新たなサソリの活動が始まった。3月に開かれたジュネーブ・モーターショーには、アバルトのブランド名で出展し、復活したことを世界に発信した。


グランデプントS2000はその後マーキングや仕様が変更され、フロントグリル下に書かれていた「ABARTH」の文字はロワーグリルのメッシュにペイントされた。カラーリングもリファインされ、ホイールもホワイトのスポークタイプに換えられている。

この時点では新生アバルトの市販車はまだ存在せず、実質的にアバルトの車両といえる「フィアット・グランデプントS2000」を「アバルト・グランデプントS2000」へと名称を変えて、ブースに展示した。会場では往年のアバルトのイメージを受け継ぐホワイトとレッドのカラーリングが施されたアバルト・グランデプントS2000が展示され、サソリが復活したことをアピールする役割を務めた。

2007 ABARTH Grande Punto S2000

全長:4030mm
全幅:1800mm
ホイールベース:2510mm
車両重量:1200kg
エンジン形式:水冷直4 DOHC
総排気量:1997cc
最高出力:270bhp/8250rpm
変速機:6段シーケンシャル+後進1段