アバルトと舞う。アバルトライフFile.45 根岸さんと595
新国立劇場バレエ団を経てドイツへ
アバルト 595の横でふわりと宙を舞っているのは、根岸正信さん。アバルトカレンダー 2021の12月に登場してくださったオーナーさんです。その美しい姿勢からもおわかりいただけるとおり、ご職業はプロのバレエダンサー/インストラクター。それもほんのひとにぎりの人しか辿り着くことのできない経歴を重ねてこられた方なのです。そして長くドイツで活動された後、日本に拠点を移してから最初に購入されたクルマがアバルト 595というわけなのでした。
「買ったときはまったくのノーマルで、最近になってレコードモンツァを装着しました。音が素晴らしくいいですね。吹け上がりも軽くなったように感じます。気分が変わりました」
そう嬉しそうな表情で語ってくださった根岸さん。595に惚れ込んでる様子が伝わってきます。まずは根岸さんの経歴を駆け足で紹介しましょう。6歳でバレエをはじめ、わずか6年後の12歳から世界数カ国で公演。17歳でアジアパシフィックのコンクールで優勝し、25歳で日本の最高峰である新国立劇場のバレエ団に入団。30歳のときにドイツに渡ってからは複数の著名な劇場のバレエ団と年間契約し、舞台に立ってこられました。世界中から何百人もの応募があるオーディションで契約に至るのはひとりかふたり、それもポジションに空きが出なければ募集もないという、超がつくほどの狭き門です。39歳からは欧州で名の知られたミュージシャンや著名ファッションブランドの振り付けと踊り手を担ってツアーやショーに参加するなど、フリーランスダンサーとしてドイツを拠点に活躍。そして2015年、44歳のときに日本に拠点を移し、ダンサーとして舞台に立つ傍ら、自らのスタジオでインストラクターとして指導にあたっています。現在50歳。
今もって身体は驚異的といえるほど引き締まり、年齢がまったく信じられないくらいに動きのひとつひとつが美しく軽やかです。バレエは全身を駆使して表現する芸術。アスリートとしての優れた能力も求められます。現在も厳しいトレーニングをまったく疎かにしていないことがうかがえます。そうした方が、なぜアバルトを選ばれたのか──。
「マニュアルトランスミッションのクルマに乗りたかったんです。以前に国産のオープンカーに乗ってたんですけど、そのクルマがマニュアルでした。ドイツではほぼ毎週舞台がありましたし、2時間ほどで近隣の国にも行けて休日を楽しめたので、クルマは持っていませんでした。日本に戻ってからしばらくは父から譲り受けたセダンに乗っていたんですけど、車検を機に買い換えようと考えて、アバルトを選びました。イタリアのクルマに乗ってみたいという気持ちもあったんです。ドイツ時代のバレエ団で一緒に踊っていたイタリア人の女性ダンサーがいて、ラテンの気質っておもしろいな、って感じていたんです。いい意味で、とてもわがまま(笑)。そのわがままさがいいな、って。そういう人たちが作るクルマだから、きっと楽しいだろうと思っていました」
それが2019年のこと。根岸さんは595のラインアップの中からスタンダードモデルを選びました。
「レースに出るわけでもないし、それほどパワーは必要ないかな、と思って595のスタンダートモデルを選びました。慣れてきたらもう少しパワーがあってもよかったかなと思うこともあったんですけど、でも、やっぱり楽しいです。何日か乗らないでいると、どうしても乗りたくなる。出張で自宅を離れて3日ぐらい乗っていないと、帰ってきてすぐに乗りに出たりするくらいです。アバルトは見た目と走りのギャップがいいですね。小さいのにパワーがあって、それに速い。私はヨーロッパではバレエのダンサーとしては身体が小さい方で、それを感じさせない技術を身につけて踊ってきたので、シンパシィを感じるところもありますね」
アバルトが与えてくれるもの
バレエとアバルトに共通点がある、ということですか?
「バレエって優雅に見えるでしょうけど、実はすごくハードなんです。ゆっくり動いているときも、ものすごく身体を使っているんです。筋力や持久力、ですね。キビキビ動けるから、ゆっくりと綺麗にも動ける。激しいことができるから、優雅にも振る舞える。素早く動くっていうことは、ブレないっていうことじゃないですか。ブレないから、ゆっくり動くときもバランスを自分でコントロールできる。優雅にしか動けない人は、バレエではただ遅いだけなんです(笑)。ポーズを作るまでは素早く、その後はゆっくり。ジャンプをするときも素早く高いところまでいって、そこからふわっとゆっくり降りる。空中にいても、ちゃんと軸がないとダメなんです。意識してその軸をいちばん高い位置に持っていって、そこで落ちてしまうのではなくて、空中をふわっと移動していく感覚。自分のセンターを崩さないように常に意識して、崩さないようにトレーニングを繰り返して身につけていくんです。アバルトもブレがないんですよね。軸というか、体幹がしっかりしているんです。それにバレエはもともとイタリアで生まれたものですしね(笑)」
クルマの体幹なんていう言葉を聞くと、ついつい峠道を走ることを想像しちゃいます。
「峠道にも行きますよ。でも、日常的には仕事の往復がメインですね。もちろんドライブに行ったりもします。オフのときには、吉方向を調べて、その方角にあるパワースポットに向かいます。神社だとか仏閣だとか巨石だとか。パワースポット巡りが好きというより、自分の気持ちをクリーンにしたいというか、精神のコンディションを整えたいというか、そういう感じですね。オリンピック選手などのスポーツ選手も同じだと思うんですけど、舞台で踊るということは、そこですべてを出し切らなきゃいけないということ。同時に、その人自身のすべてが出てしまうということ。肉体的にももちろんなんですけど、精神的にかなりきついんですよ。表現には精神も伴っていないとダメだから、精神状態をできるだけいいところに保つため、そこに持っていくため、自分のコンディションを整えるというか、ケアをしないといけないんです。つまり、自分の気持ちをすっきりさせたいんですね。人様に指導するということは、一生懸命踊っているその方のエネルギーと対峙しながら自分のエネルギーを注ぎ込むことですから、自分がそれに負けてしまってはいけないんですね。気持ちのいいクルマに乗って、良い方向に行って、気持ちの良いエネルギーに触れる。そういうことなんです」
まるでアバルトは走るパワースポットみたいな存在ですね(笑)。
「そうですね(笑)。自分の中にパワーがみなぎりますね。仕事に行くとき、ちょっと心が晴れないと思う日でも、このクルマに乗ると楽しい気持ちになる。窓を開けてエンジン音を聞いたりとかすると元気になりますし、心地よいから癒される。すごく刺激的で魅力的。アバルトに乗ることそれ自体が、自分自身の気持ちのメンテナンスになってる感じですね」
お話をうかがってると、常にバレエのことばかり考えていらっしゃるように思えます。とりわけ根岸さんの時代には海外のバレエ団と契約して舞台に立てるのは、ひとにぎりだったはず。並みの努力では到達できなかったでしょうが、そういうお話はまったくなさらないんですね。
「もちろん苦しかったことはたくさんあります。本当に苦しかったです(笑)。だけど、その先にある大切なものに必死に立ち向かっていました。自分を鍛えれば鍛えるほど、舞台では成果となって表れますしね。だから、きついのは仕方がない。私も決して順風満帆というわけじゃなくて、オーディションには何度も何度も落とされて、悔しい思いもしました。でも、やればやっただけその先があると考えて、やり続けるしかなかったんですよ。自分のすべてが出てしまうから、中身を鍛え続けるしかなかったんです。そうやって生きてきた人たちしかいない世界なんですよね」
何だか生きてる毎日のすべてがチャレンジであるように思えてきました。
「そうかもしれませんけど、でもオフの時間はオフの時間で大切にしないといけないと思っているんです。だからスイッチを切り換えます」
スイッチをオフにしたときの根岸さんは、何をされているんですか?
「そうですねぇ……。アバルトに乗っています(笑)。もう私にとってはパートナーのような存在。人生には欠かせないものになっちゃいましたね」
根岸さんはバレエの舞台で踊ることを“その人のすべてが出てしまう”とおっしゃいました。でも実はそれ、クルマの運転も同じだと思うのです。アバルトを走らせている根岸さんは、クラッチのつなぎ方、アクセルペダルの踏み込み方、ステアリングの操作の仕方など、素晴らしく丁寧で繊細。まるでバレエを踊るときの指先ひとつまで緩急がかよっているかのような、そんな走らせ方でした。お話をしているときの何気ない立ち姿にも、脱いだジャケットをシートに置くときの所作にも、スッと芯が通っているかのようでした。あらゆることが研ぎ澄まされていて、自然に優雅だったのです。
どんな分野であっても、世界中から並みじゃないレベルの人たちが集まるところに立って自分を認めさせるのは、極めて大変なことだと想像します。そうした第一線で活躍されてきたこと、そのために自分を鍛え抜いて磨き抜いてきたことが、普段の立ち居振る舞いから滲んできます。そのことがとても印象深く感じられたインタビューでした。
文 嶋田智之
アバルト595の詳細はコチラ