ABARTHを彩る2つのグレー
イタリア車のボディカラーと言えば、目の覚めるような“イタリアンレッド”。自動車ファンならば、誰もがそう思うに違いない。現在に至るまで“ロッソ・コルサ(レーシングレッド)”をほぼすべてのF1マシンに採用する一方、ロードカーでもイタリアンレッドをイメージカラーとするフェラーリは、まさしくその代表格だろう。また、1950年代までF1GPで活躍したアルファロメオやマセラティも、すべてイタリアンレッドにペイントされていたのだ。
ところがそんな中にあって、ABARTHだけはほかのイタリア製ブランドとは一線を画し、一見地味にも映るようなグレーが、最もシンボリックなボディカラーとして敬愛されている。そして、それぞれの限定カラーをまとう695シリーズは別として、最新ABARTH各モデルにスタンダードカラーとして設定されているのも“Grigio Campovolo(グリジオ・カンポヴォーロ)”という、明るいソリッドグレーなのである。
実はこの“グリジオ・カンポヴォーロ”には、なんとも魅力的な歴史がある。“グリジオ”はグレーを意味するイタリア語。一方“カンポヴォーロ”は、飛行場ないしは空港を意味する。それは、開祖カルロ・アバルトが初めて大規模なファクトリーを設けた場所、現在ではABARTHの聖地としても知られる“コルソ・マルケ”のそばにある、小さな飛行場での出来事が起源だったのだ。
ある時、たまさかその飛行場を訪れたカルロは、そこに置かれていた航空燃料用ドラム缶に目を惹かれることになった。このドラム缶に塗られていたグレーの塗料は、もともと航空機、特に戦闘機に使用されていたものが放出品として流用されていたという。そしてカルロは、このグレーのペイントが軽量かつ空力的にも優れていると見ぬき、自身の創るレーシングカーに採用。さらにレースでの大活躍から、次第にABARTHのアイコン的カラーとして認知されていったとのことなのだ。
しかし、カルロのたぐい稀なセンスが発揮されるのはここからである。1960年代初頭からグレーに塗られたFIAT ABARTH 850TCおよび1000ベルリーナ・コルサは当時のツーリングカーレースで活躍したのだが、さらにこれらのマシンを購入したプライベーターたちが増えてくると、ABARTHワークスはプライベーターたちとの、あるいはワークスドライバー同士の識別のため、’60年代中盤にはグレーのルーフに大胆なチェッカー柄をあしらった奇抜なカラーリングを考案。本来ならば地味なはずのグレーが、格段に華やかな雰囲気を身につけることになるのだ。
そして’60年代後半から’70年代初頭にかけては、有名な“田”の字型の巨大グラフィックも登場。下半身をホワイトに塗り分けたFIAT ABARTH 1000ベルリーナ・コルサ・ラディアーレ(1000TCR)は、まさしくこの時代のABARTH、あるいはヨーロッパのモータースポーツすべてのシンボルに昇華したのである。
一方ABARTHのグレーと言えば、忘れてはならないのがもう一つ。2012年に限定車、その名も“ABARTH 500 GRIGIO RECORD”とともに初採用され、現在ではABARTH 595シリーズのイメージカラーともなっている“Grigio Record(グリジオ・レコード)”である。
シックを極めたメタリックのダークグレーは、以前このScorpion Magazineでもご紹介した、1950-’60年代のFIA世界スピード記録にチャレンジし、素晴らしい記録を達成したレコードカーたちへのオマージュ。これもまた、ABARTHの栄光を体現したカラーリングなのだ。
1960年代のイタリア実業界におけるファッションリーダーの一人と目されたカルロ・アバルトは、身につけるものすべてに対して一家言を持ち、芸術面でも素晴らしい美的センスを持っていたと言われる。そのカルロ・アバルトの選んだグレーたちが、現在のABARTHを彩っている。そんな魅力的なストーリーに溢れているのが、ABARTHというブランドなのである。
現行型ABARTH 500/595系、およびプントでも標準指定されている“グリジオ・カンポヴォーロ”。一見地味だが、オプションのデカールを施せば素晴らしくヴィヴィッドに変身。
1966年3月、モンツァで開催されたETC選手権“ジョリークラブ4時間耐久レース”。総勢19台のFIAT ABARTH 850TC/1000ベルリーナ・コルサが参加したうち、5台のワークスカー(写真の上位5台)には、チェッカー模様のルーフペイントが採用された。
1960年代後半のカラースキームを纏ったFIAT ABARTH 1000TCR。ルーフのチェッカー模様やサイドシル以降の塗り分けは、ドライバーやチームによって識別用に異なるカラーが与えられていたという。
こちらは1970年代のFIAT ABARTH 1000TCRのワークスカラー。素晴らしいカラーセンスはもちろん、丸みの強いルーフに正確に“田”の字を入れるこだわりも感じられる。
最新モデルのABARTH 595のイメージカラーとなっている“グリジオ・レコード”。2012年から日本でもリリースされた同名のABARTH 500限定バージョンが、このカラーの初採用となった。
1956年に作られたベルトーネ製速度記録車、および翌1957年のピニンファリーナ製の速度記録車にペイントされたメタリックグレーが、現代の“グリジオ・レコード”の起源。