【ABARTH CLASSICHE】アバルトの歴史を刻んだモデル No.020

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▲車名
1968 FIAT ABARTH OT1300/124
フィアット・アバルトOT1300/124

アバルトOTストラダーレ最終章

1960年代のアバルトはレーシングカーとツーリングカーでレースに挑み、輝かしい記録を積み重ねていた。いつの時代もレースにチャレンジするには膨大な費用が必要で、その資金は市販ロードカーやマルミッタ・アバルト(エグゾーストシステム)等のパーツの販売でまかなってきた。

当時アバルト社ではフィアット500ベースの595/695、フィアット850をベースにしたベルリーナ、クーペ、スパイダーのパワーアップ版となる「OT1000ベルリーナ/クーペ/スパイダー」を送り出し、世界中のエンスージァストから絶大な支持を得ていた。そこで常にパフォーマンスを追い求めるアバルトは、1966年に登場したフィアット124ベルリーナのエンジンに着目した。

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アバルトの手によりワイドなホイールとボディサイドに”1300”と記されたストライプが追加されたことにより、OT1000クーペにはなかった精悍さが加わった。なお、車名の“OT”とは、”Omologato Turismo(オモロガート・ツーリズモ)”の略称で、ツーリングカーのホモロゲート・モデルを意味する。レースに出ることを視野に入れたモデルのストラダーレ(ストリート)仕様というわけだ。

先に登場していたフィアット・アバルトOT1000クーペは、フィアット850をベースに排気量を982ccまで拡大すると共に、独自のチューニングを施すことにより最高出力62hpを発生し、最高速度は150km/hをマークした。しかしチューニングを進めても1000ccという小さな排気量のエンジンはすでに限界に達していた。アバルトは、それまでの限られた排気量から最高のパフォーマンスを引き出す“アバルトマジック”のロジックから発想の転換を行い、排気量を拡大する道を選択した。排気量制限のないロードカーでは、緻密なチューニングで地道にパワーを得るより、排気量を拡大してパワーとトルクを向上させるのが効率的で、アバルトはその方法によりパフォーマンスと扱いやすさの両方を高めるという選択肢を選んだのだ。

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インテリアは基本的にフィアット850クーペのそれを受け継ぐが、アバルト製の革巻きステアリングホイールがサソリのクルマであることを伝えた。

そこでアバルトは、フィアット124ベルリーナで使用していた1197ccの水冷直列4気筒OHVエンジンのボアを拡大し、逆にストロークは短縮して排気量を1280ccとしたエンジンをOT1300クーペに搭載した。2バレルのウェーバー32DCODを組むとともに、一連のチューニングを施したティーポ204ユニットは、75hpの最高出力を発揮し、最高速度は170km/hをマークした。搭載にあたってはフィアット850系の特徴だった後方のエンジンマウントは廃止し、エンジンを下から支える鋼管のサポートフレームを追加した。

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アバルトOT1300/124のリアビュー。フィアット124ベルリーナのエンジンを1280ccまで拡大して搭載した。左右斜めの黒いパイプは鋼管製のエンジンサポート。

こうして誕生したOT1300/124は、1966年11月に開かれたトリノショーで発表される。車名は排気量を表すOT1300に、エンジンの由来となったフィアット124の名を組み合わせた。メカニズムはOT1000クーペをベースにするが、排気量の拡大に伴い発生する熱量が増えることへの対策としてフロントラジエター方式を採用。その冷却のためノーズにフロントグリルが付くのが特徴だ。その上に付くアクリルプレートには「FIAT ABARTH 1300」と誇らしげに刻まれた。

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フィアット124のエンジンを押し込み、バッテリーもリヤに移設したため、エンジンルームは少々窮屈だった。

足回りは、OT1000クーペでは145R13サイズのタイヤを組んでいたのに対し、OT1300/124ではワイドな5.5K×13のホイールにアップグレードし、一回り太い155R13サイズのタイヤを組み合わせた。このホイールはオフセットの小さいディープタイプで、凄みのあるエクステリアを演出する狙いもあったのだろう。リヤエンドにはパフォーマンスを誇示するように「FIAT ABARTH 1300」のエンブレムが輝いていた。しかしアバルト定番のアルミ合金製のフィンが刻まれたオイルサンプは採用せず、124から受け継いだプレス加工された鋼板のオイルサンプを組み込んでいた。

インテリアはOT1000クーペに準じ、シートやダッシュボード、メーターナセルはフィアット850クーペのものをそのまま流用するが、回転計の文字版に”ABARTH”の文字が加えられ、ヒーターボックス下には油温計と時計を追加したのが数少ない相違点である。

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ベース車との数少ない変更点がヒーターボックス下に追加された油温計と時計。

こうして送り出されたOT1300/124は、厚いトルクによる余裕のある走りから、最大のマーケットだったアメリカで好評を持って迎えられた。もちろんヨーロッパでもハイパフォーマンスで手頃な価格のモデルとして人気を集め、アバルト社の稼ぎ頭となったのである。このOT1300/124の登場により、OT1000クーペは、カタログからフェードアウトしていった。

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フロントのトランク部分にラジエターが新設されたため、荷室は浅かった。スペアタイヤは右側に立てて入れる方式。

当時の現地販売価格は139.5万リラ(約80万円)で、ちなみに他のアバルト・ロードカーは695SSが80.5万リラ(約47万円)、OT1000クーペは117.5万リラ(約67万円)だった。今日の目で見ると格安に見えるが、日本でホンダN360が31.5万円、スカイライン2000GT-B(S54B)が89.5万円だった時代である。当時の1968年の大卒初任給は3万円で、これを現在の平均である20万円に置き換えるとOT1300/124は533万円と高価なモデルだったのである。

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フィアット・アバルトOT1300/124のカタログ。2色刷りで1枚構成の簡素なものだった。表面はサイドビューとノーズのグリル部分のアップで構成。裏面にはリヤエンドとスペックが記されていた。

独立した企業のアバルト社として最後の量産ロードカーとなったOT1300/124は、ベースとなるフィアット850クーペのマイナーチェンジに合わせて1969年にシリーズ2へと進化する。しかしアバルト社がフィアット社に吸収されたことにより市販車の整理が行われ、OT1300/124はラインアップから静かに姿を消していったのだった。

▲スペック
1968 FIAT ABARTH OT1300/124

全長:3608mm
全幅:1500mm
全高:1300mm
ホイールベース:2027mm
車両重量:730kg
エンジン形式:水冷直列4気筒OHV
総排気量:1280cc
最高出力:75hp/6000rpm
変速機:4段マニュアル
タイヤ:155×13
最高速度:170km/h

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