1956 FIAT ABARTH 750 DELIVAZIONE|アバルトの歴史を刻んだモデル No.013

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1956 FIAT ABARTH 750 DELIVAZIONE
フィアット アバルト 750 デリヴァツィオーネ

アバルトが新たな一歩を踏み出した記念碑的モデル

モータースポーツで数々の伝説を築き上げたアバルト。チューナーとして名を轟かせた創業期のカルロ・アバルトは、次なる展開として、自動車メーカーへの転身を画策していた。当時のアバルトは、レーシングマシンやスペシャルモデルの開発を手掛けてはいたが、自動車メーカーを名乗るまでの規模ではなかった。

そんな折、後のアバルトの発展に大きく寄与するモデルが登場する。1955年にフィアットが送り出した「600」だ。600は大衆向けに開発されたベーシックカーだったが、カルロ・アバルトはそのクルマの素性の良さに注目。ただちに走行性能を引き上げるパフォーマンスキットの開発をスタートした。完成したキットは、ユーザーが自ら(もしくはメカニックに依頼して)装着する“コンプリートキット”として展開された。これが後に、アバルトが自動車メーカーとして歩み始める大きなステップとなったのだ。

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フィアット アバルト 750 デリヴァツィオーネのリアビュー。一見するとフィアット 600だが、アバルトマジックによりスポーツカーに勝るとも劣らないパフォーマンスを発揮し、エンスージアストから絶大な支持を得た。

コンプリートキットは、当時の同社の看板商品だったマルミッタ・アバルト(スポーツマフラー)やキャブレターキットといった部分的なチューンアップとは異なり、エンジン回りのチューニングを中心に外装パーツまでを含むフルキットだった。そこにはアバルトがレースで培ったノウハウが惜しみなく注ぎ込まれていた。

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サソリのエンブレムを組み込んだクレスト(盾)をノーズに装着。これはアバルトのシンボルとしてその後のモデルに受け継がれた。

具体的には、エンジンのストロークを延長する鍛造製クランクシャフトおよび特製のピストンを始め、シリンダーヘッド、スポーツカムシャフト、大径キャブレター(ノーマルの22φから32φへと拡大したウェーバー32IMPE)、アバルトの名を鋳込(いこ)んだ専用インテークマニフォールド、そしてお得意のマルミッタ・アバルトなどで構成された。コンプリートキットは「アバルト 750 デリヴァツィオーネ」と名付けられ、25.5万リラ(当時の為替レートで約15万円)で販売された。ちなみに当時フィアット 600の新車価格は59万リラ(邦貨約34.5万円/日本の大卒初任給は約8000円〜1万円だった)だったので、キット価格は車両価格の半額に迫るものだったが、内容を考えればけっして高い買い物ではなかった。

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排気量を747ccに拡大し、さらなるチューニングを施すことで、パワーはベース車の21.5hpから2倍近い41.5hpにまでアップ。最高速度は95km/hから130km/hに引き上げられた。

というのは、そのコンプリートキットは、信頼性と耐久性を確保するために各部品を強化またはグレードアップするメニューまでが含まれていたのだ。例えば、高出力化に対応するために容量アップしたクラッチや大容量ラジエター、エンジンバルブ径の変更、ヘッドボルトの強化、専用ヘッドガスケット、強化型オイルポンプ、ファイナルドライブという具合に、クルマの性能を総合的に高める本格的なものだった。

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イエガー製の小振りなタコメーター。こちらはオプションで用意され、インストゥルメントパネルの脇に取り付けられた。

エクステリアは、ノーズの楯型グリルに収まった“ABARTH”エンブレムをはじめ、リヤのエンジンフードに”FIAT ABARTH 750″のバッジを装着。フロントフェンダー横には”Delivazione”(デリヴァツィオーネ)のバッジが取り付けられた。徹底的に手が加えられたエンジンチューンに比べれば外装の変更は少なく、フィアット 600との違いを控えめに示す程度に留めていた。

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とはいえ、アバルト 750 デリヴァツィオーネのキットパーツを組込んだフィアット 600は、スポーツカーに勝るとも劣らぬパフォーマンスを発揮したため、たちまちエンスージアストから注目を集める存在となった。こうしてアバルトは、自らの技術力の高さとその存在を、広く世に知らしめたのである。

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インテリアは基本的にフィアット 600と共通だが、ホーンボタンはアバルト専用のものに変更されていた。

750 デリヴァツィオーネを送り出したアバルトはその後、開発したキットを自社で装着した“コンプリートカー”の開発・販売に着手。750 デリヴァツィオーネのパワートレインを搭載し、ザガート製ボディを身にまとった「アバルト 750GT ザガート」や「アバルト レコルト・モンツァ」などの2シーターGT、さらなる高性能版となる「アバルト 850TC」や「アバルト 1000TC」といったベルリーナを次々とリリース。先進的な技術力と美的センスを発揮しながら自動車メーカーとして足場を固め、高性能ブランドとして認知されるようになったのだ。

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フロントフェンダーの横に備わる”derivazione 750 ABARTH”バッジ。

▲スペック

1955 FIAT ABARTH 750 DELIVAZIONE
全長 :3215mm
全幅 :1380mm
全高 :1405mm
ホイールベース:2000mm
車両重量 :585kg
エンジン形式:水冷直列4気筒OHV
総排気量 :747cc
最高出力 :41.5hp/5500rpm
変速機 :4段マニュアル
タイヤ(F/R):5.20-12
最高速度 :130km/h