<新城ラリー>での結果は!?2015シーズン・mCrtの戦いを振り返る<全日本ラリー選手権>総括レポート!

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『ABARTH 500』をベースとした『ABARTH 500 Rally R3T(ラリー R3T)』で<全日本ラリー選手権>に出場している、mCrtことムゼオ・チンクエチェント・レーシング・チーム。全9戦で争われるシリーズに当初からターマック(舗装路)で開催される6戦のみ出場という予定で戦ってきましたが、それでも最終戦を前にしてシリーズ2位の可能性を残すという活躍を見せ、僕達をワクワクさせてくれていました。

開幕戦の<ツール・ド・九州>では優勝。第2戦の<久方高原ラリー>では途中までトップを走りながらアクシデントで戦線離脱。第3戦の<若狭ラリー>では、再びの優勝。第4戦の<ラリー洞爺>と第5戦の<福島ラリー>は、グラベル(未舗装路)での開催のため、スキップ。第6戦の<モントレー>では、最終SSまでトップを快走しながら路面とタイヤのマッチングに苦しんで2位。第7戦の<ラリー北海道>はグラベルのためスキップ。第8戦の<ハイランドマスターズ>ではメカニカルトラブルで競技から離脱。そしてシリーズランキング3位というポジションで、最終戦の新城ラリーを迎えたのです。

僕はその最終戦を見に行こう、と思ったのでした。自動車ライターという職業上の関心もありましたが、何よりもこのSCORPION MAGAZINEを通じて知り合い、親しくさせていただくようになった眞貝知志選手、そして以前から仲間のような存在だったmCrtのメンバー達の奮闘を、この目で見たかったからです。

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職業柄、様々なカテゴリーの様々な競技を見てきましたし、数え切れないほどのクルマに試乗してきました。そうした立場から正直なことを申し上げるなら、同じJN5クラスの中にあって、『ABARTH 500 Rally R3T』というクルマは必ずしも有利な存在というわけではありません。車体のディメンション的に考えるなら、ベースとなった『ABARTH 500』は1台のスポーツカーとしては素晴らしい出来ながら競技車両として考えたら参加車両の中では最も厳しいといえるし、全日本ラリーの車両規則の面から考えても、もっとその枠にマッチングのいいクルマがたくさんあるのです。競技用パーツも、ポピュラーな国産勢と較べると圧倒的に不利な状況です。mCrtの関係者は自分達からは絶対にクチにしないけど、実はそれらの諸々を全て承知しつつ、「ABARTHが好きだから」という情熱だけで全日本ラリーに撃って出てるのです。同じABARTHファンのひとりとして、その勇姿を一度は見ておきたいじゃないですか。そんな気持ちを携えて、僕は10月31日の土曜日早朝、新城ラリーの現場を訪ねたのです。

全日本ラリーで最も華やかな<新城ラリー>

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シリーズ最終戦の<新城ラリー>は、愛知県の新城市を舞台に開催されています。このラリーは地方自治体や警察、市民組織、それに自動車メーカーや関連各企業の理解が深く、今では華々しいスポーツイベントとして地元の人達にも広く知られ、親しまれています。そのため、路面やスピードレンジがステージごとに大きく異なる最も攻略の難しい過酷なターマックラリーという貌を持ちながら、競技のベースキャンプとなる新城総合公園内のサービスパーク周辺では、デモランや展示を含め様々な催しが1日中行われる、という華やかなフェスティバルのような側面も持っています。

ギャラリーの数も、なかなかのものでした。人口5万人弱の街に5万人近くのラリー・ファンが訪れるわけですから、サービスパーク周辺がどれほどの賑わいになるか、想像していただけることでしょう。イベント広場近くのABARTHブースも、サソリ印のノベルティを配っていたこともあって、常にABARTHファンが訪れている状況。ファンの方に訊ねると、ABARTHのノベルティなどは日本のブランドにはないイタリアンなセンスがあって、お洒落でカッコイイのだとか。数年前までは日本のラリー界では忘れられていたABARTHの名前も、完全に認知されているようです。

その華やかさは華やかさとして、イベント広場から離れたマシンのメンテナンスなどを行うテントの周辺では、メカニック達の手により淡々と出走の準備が行われていました。ドライバーの眞貝選手は、コドライバーの漆戸あゆみ選手と何やら打ち合わせをしてる様子。眞貝選手はいつもの<ABARTH DRIVING ACADEMY>のインストラクターのときのニコやかな表情とは全く異なる、戦う男の顔です。

ラリーという競技は、サービスパークからスタートし、定められたルートに沿って移動しながら点在するSS(=スペシャルステージ)のコースでタイムアタックを繰り返し、その合算で勝敗が決まります。一度スタートすると、決められたタイミングでメンテナンスやセッティング変更のためにサービスパークへ戻ってくる以外、クルマやドライバーとコドライバーに会うことはできません。そのためサービスパークにいる僕達はクルマが走っているのを見ることはほとんどできず、SSがひとつ終了するごとにデータがアップロードされる暫定結果をスマホで確認する以外に競技の行方を知る手立てはありません。

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この初日の流れを表面的に述べるなら、『ABARTH 500 Rally R3T』と眞貝/漆戸組は、最初のSSでベストタイムを奪った後は最終SSまでずっと首位を明け渡すことなくトップで終えるという、順調そうなものになるでしょう。けれど、実際は順調とはほど遠い、実に苦しい戦いだったのでした。

SSはコンマ1秒、コンマ01秒を削り取っていくための壮絶な全開走行です。直線区間ではアクセルペダルを踏み抜く勢いでエンジンのパワーをフルに使い、可能な限りのスピードをモノにします。コーナーでは、そのスピードが生み出した真っ直ぐ突き進もうとするチカラと、クルマの重量と、遠心力と、タイヤのグリップ力と、それに刻々と変化する路面のコンディションが複雑にバランスした、物理の“限界”というあやふやでピアノ線のように細い境界線の真上を探りながら、あり得ないような速さで駆け抜けていかなければなりません。そのうえ9.3秒の差からなおも追い上げてくる2番手のライバルを振り払おうと眞貝選手は攻めに攻め、そして7番目のSSで、マシンはついに、その境界線を飛び越えてしまったのです。右フロントのホイール、タイヤ、そしてサスペンション──破損。

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けれどチームのメンバーは誰ひとりとして、ドライバーを責めたりはしませんでした。右のフェンダーの内側から煙を上げながら『ABARTH 500 Rally R3T』がサービスパークに滑り込んでくると、メカニック達は声を荒げたり慌てたりする素振りなどひとつもなく、即座にクルマをバラし、破損箇所をチェックし、スペアのマシンから取り外したパーツ群を組み付け、規則に許されたたった20分の間に走れる状態にし、ドライバーとコドライバーを送り出したのです。壊れた前輪に何度もスピンしかけながらたった7.8秒のロスに抑えてサービスパークまでクルマを運び、かろうじて1.5秒差のトップで踏みとどまったドライバーも凄い。けれど、たいしたことないように振る舞いながら膨大な作業をこなし、張り詰めた表情だったドライバーとコドライバーをスムーズに競技へと復帰させたメカニック達も凄い。

そして驚いたことにドライバーとコドライバーは、次のSSで2位との差を8.0秒へと広げ、そのまた次で10.5秒へと広げ、初日をトップで終えて再びサービスパークへと戻ってきたのです。フロントサスペンションの左右のスプリングの硬さがチグハグで、タイヤの向きすらバラバラの状態のマシンで・・・。

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SSが終わるごとにスマホの画面をチェックしながら、僕は涙が出そうになるのを必死でこらえていました。メカニック達の動きも、歪んだホイールも、壊れきったタイヤも、ひしゃげたサスペンションも、サービスパークに戻ってから競技に復帰するまでのドライバーとコドライバーの表情の変化も、全て目の前で見ていたのです。ドライバーとコドライバーに平常心を取り戻させようと気づかいながら凄まじい勢いでマシンを修復したメカニック達の気持ち。それに応えようと気迫で最後まで乗り切ったドライバーとコドライバー。それはもう心を動かされなかったらウソと思えるほどの、感動的なドラマでした。そして、これが今回のラリーのハイライトだったのでした。

ベストを尽くした末の2位。それでも悔しい2位

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実際の脅威は、初日が終わった段階で3位につけていた日本の自動車メーカーのワークスマシンでした。最初のSSでタイヤをパンクさせて14番手まで落ち、そこからこの日の全てのSSでトップタイムを叩き出し、2位と0.9秒差の3位まで這い上がってきていたのです。メーカー系が威信をかけて組み上げ、関係者の間で“仕上がったら手のつけられない速さ”と、事前の段階から優勝候補の筆頭中の筆頭にあげられていたマシンでした。

眞貝/漆戸組の『ABARTH 500 Rally R3T』は、前日のアクシデントで交換したパーツ──開発の進んだ最新スペックではないもの──の範囲内で可能な限りの最良のセッティングを施して2日目の競技に出撃。そのわりには快調といえるタイムを刻み続け、前日に2位だったマシンをさらに突き放す走りを見せましたが、追い上げてきた3位だったマシンに大きく逆転され、結果はクラス2位。前日のことを思えば、これは賞賛されるべき結果だと思います。

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が、眞貝選手は全く喜んではいませんでした。「だって、優勝以外は全員負け、でしょう。今回の結果に価値がないとは言いませんけど、負けは負け。素直に悔しいです」。そうですね。おっしゃるとおりかも知れません。人生は勝ち負けじゃないし、やりなおしだって効くけれど、こうした勝負事とはそういうものなんだとも思います。けれど、僕達は素晴らしいものを見せてもらいました。いいオヤジが涙をこらえなきゃならなくなるほどの感動を与えてもらいました。勝ち負けは確かに重要なことだとは思いますが、僕達ファンにとって大切なのは、それだけではないのです。

来季もmCrtは『ABARTH 500 Rally R3T』で全日本ラリーを戦うことになるでしょう。ドライバーは眞貝選手が務めることになるでしょう。そしてモータースポーツは、クルマと人間が生み出すドラマです。僕は彼らが紡ぎ出すドラマのひとつひとつを、何らかのカタチで皆さんに伝えていきたいな、と感じたのでした。

2015シーズン、終了。mCrtのチームメンバーは何を想う・・・?

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眞貝知志選手(ドライバー)
「6戦出場して優勝2回、2位2回っていうのは、ドライバーとしては複雑な気持ちです。もう少しいけるポテンシャルはあったと思うので・・・。『ABARTH 500 Rally R3T』も、今シーズンの全日本ラリーの2輪駆動車の中では最速の1台といっていいと思います。今はエンジンのプログラムもABARTHから出てきた最もベーシックな状態のままなんですけど、そこに手を入れたらさらにポテンシャルは上がるはず。来シーズンは他のR3Tレギュレーションで作られたマシンも出てくる噂もあるので、もし自分がドライブさせていただけるなら、どう戦うか。楽しみではありますね。ともあれ、シーズン前の最低限の目標は選手権で1回でも優勝するということだったので、それは成し遂げられました。1年間、応援をありがとうございました」

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漆戸あゆみ選手(コドライバー)
「ABARTHのコドライバーを務めさせていただいて、とっても嬉しかったです。実は私、ラテン生まれの小型車って大好きなんです。乗っていて楽しいですからね。『ABARTH 500 Rally R3T』は加速もかなりいいしコーナーでも速いので、コドライバーとして慣れるのが最初はちょっと大変でした。シーズンとしては当初の目標どおり最低でも1勝するというのは達成できたし、グラベルのラリーに出場しないでシリーズ3位という結果を考えても、いいシーズンだったと思います。ただ、やり残していることも幾つかあるので、もし来シーズンも関わらせていただけるなら、そこを達成して、ABARTHのファンの皆さんに少しでも喜んでいただけるようにしたいな、と思っています」

金子俊邦さん(チーム監督兼エンジニア/シロキヤレーシングサービス代表)
「2014年にオープンクラスで走ったことで『ABARTH 500 Rally R3T』のポテンシャルがだいたい理解できて、今年は結構いけると思っていました。最初は疑心暗鬼もあったんです。Rクラスの車両であっても排気量は小さいし、ホイールベースとトレッドのバランスを考えても、全日本ラリーの規則の中では競技車両としては有利とはいえない。だけど走らせてみたら、感触がかなり良かった。なので、実は参戦する全ラリーで勝つつもりでやってきたんです。シーズンを終えてそこそこの戦績は残しました。6戦しか走ってなくてシリーズ3位。満足感はありますけど、まだクルマを日本のレギュレーションに最適化し終わったわけじゃなくて、さらにポテンシャルを上げていける要素があるんです。来シーズンはそこを詰めて、戦っていきたいですね」

横田健司さん(ゼネラルマネージャー)
「悔しくもあり、嬉しくもあり、ですね。クルマがターマック専用車なのでグラベルのラリーに出場することができず、チームとしてもポイントを取りこぼしてしまったところがあって、シリーズチャンピオンには届かなかったのは残念ですけど、とりあえず2勝することができて、ABARTHファンの皆さんに少しでも喜んでいただけたことは嬉しかったです。まだまだクルマのポテンシャルも進化の途中なので、来シーズン、ぜひ期待していてください。マネージャーの仕事はいざ競技が始まると何もできることがないので、僕もひとりのABARTHユーザーとして、期待しています(笑)」

伊藤精朗さん(mCrtチームオーナー)
「凄いドライバーと凄いエンジニアやメカニックがいて、今シーズン、思いのほかいい結果が出せました。それをABARTHっていう日本のラリー界では新鮮なクルマを通じて皆さんにお見せすることができた。そういう1年だったんじゃないかな、と思っています。それに専門性が強くてこれまではあまりメジャーとはいえなかった全日本ラリーというモータースポーツが、一般のクルマ好き達の間に知られるようになったお手伝いを、ABARTHが少しすることができたかな、とも思っています。全日本ラリーは本当は凄くレベルの高い競技で、その中でちゃんとABARTHが勝って、戦う姿を皆さんに見ていただいて、ABARTHを好きになってくれる人が増えてくれると嬉しいなと思ってやってきたので、そういう面でも頑張ってやってきたかいがありました。来シーズンに関してはまだ具体的なことは確定できてないのですが、何らかのかたちで皆さんにラリーで戦うABARTHを見ていただくことはできると思います。皆さん、応援をよろしくお願いします」

INFORMATION

★ABARTH 595 COMPETIZIONE SCORPIOが登場
全国200台限定。特別にコーディネートされたボディカラー&インテリアカラーとESSEESSE BREMBO KITを特別装備。
>> https://www.abarth.jp/abarth595_scorpio/

★ABARTH + YAMAHA
二輪ロードレースの最高峰として位置づけられているMoto GP(モトGP)に参戦しているヤマハチームのオフィシャルパートナー。
>> https://www.abarth.jp/motogp/

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★『ABARTH 695 BIPOSTO』の詳細はこちらから
>> https://www.abarth.jp/695biposto/

嶋田智之さんによる『ABARTH 695 BIPOSTO』レポートはこちらから
>> https://www.abarth.jp/scorpion/driving_fun_school/4862

Text:嶋田智之