眞貝選手が語る『ABARTH 695 BIPOSTO』。鈴鹿サーキットにて、段違いの熟成度を味わう。

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8月19日(水)、鈴鹿サーキットにおいて、今年最後となる<ABARTH DRIVING ACADEMY>が開催されました。サーキットという最も安全で最も心おきなくスロットルを踏み込んでいける場所を使って、日頃のストリートでのドライブからコースでのスポーツ走行まで幅広く役立てることのできるスキルを学べるこのイベントは、ユーザーの皆さんが御自身のABARTHで参加されるわけですから、インストラクターのプロドライバー達も当然ながらABARTHのステアリングを握って参加者の皆さんにレクチャーをします。そして今回はいつもABARTH各モデルに加え、特別な1台が用意されていました。

ABARTHファンの間で話題沸騰中の、『ABARTH 695 BIPOSTO(ビポスト)』です。

参加者の皆さんは、当日のピットの中にさりげなく置かれていたマット・グレイの『ABARTH 500』が『BIPOSTO』であるとすぐに気づいたようで、多くの方がデジカメやスマホで写真を撮影されていました。まさかその『BIPOSTO』が皆さんのABARTHを先導してコースを走ったり、それどころかサーキットタクシー用のクルマとして同乗試乗のために出撃するとは思ってもいなかったに違いありません。これはもう素晴らしいサプライズでした。

そのステアリングを握ったのは、『ABARTH 500 RALLY R3T(ラリー R3T)』を駆って今年も全日本ラリー選手権を戦っている、眞貝知志(しんかい ともゆき)選手。全日本ラリーでのチャンピオン経験もある、いわば公道最速ドライバーです。そして同時にプライベートでは595の50周年記念限定車(『ABARTH 595 50th Anniversary』)を楽しんでいるABARTHユーザーでもあります。

今回は<ABARTH DRIVING ACADEMY>のカリキュラムの合間を縫って、鈴鹿サーキットのコースと鈴鹿の市街地で、眞貝選手に『BIPOSTO』のテストドライブをしていただきました。──なぜか? 『BIPOSTO』は限定車ではなくカタログモデルではありますが、通常のモデルと異なりワンオフ的な生産工程でつくられるために輸入台数が制限され、ディーラー試乗も叶いません。SCORPION MAGAZINE編集部としては、その真の姿を知りたい、伝えたい。そこで眞貝選手にテストをしていただき、ドライビングインプレッションを皆さんにお届けしようと考えたのです。

ABARTH 500史上最強にして最速のスペックを誇る、トップエンドモデル。

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その前に、『695 BIPOSTO』をあまりよく御存知ない方のために、少々その成り立ちを説明しておくべきでしょうね。

御存知『ABARTH 500』は、コロッと愛らしいルックスをしているくせにその気になればズバッ!といける、やたらと勢いのいい小さな韋駄天。本気になったときのパフォーマンスが生半可なものじゃないってことは、もはや世界中のクルマ好き達の間で知れ渡っています。

1110kgの車重に135ps/21.0kgmの、最もスタンダードなモデルでも充分。そのパワーとトルク、そしてシャシーの強靱さをフルに活かして走れば、低い姿をしたド派手なスポーツカーを仰天させるくらいのパフォーマンスを、軽々と発揮してくれるからです。これまで13.5psから1000psオーバーまで様々なクルマを試乗してきましたが、こんなに痛快なクルマ、そうそうあるものではありません。

ところがABARTHは、ファンを熱狂させることにおいて、容赦というものがないのですよね。『FIAT 500(チンクエチェント)』ベースのABARTHとして史上最強にして最速の1台を、新たに生み出しました。それが『ABARTH 695 BIPOSTO』です。

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『BIPOSTO』は、“2座席”を意味するイタリア語。つまり完全な2シーターです。なぜわざわざ元々あるリアシートを撤去しちゃったのかといえば、それは“走り”のため以外の何でもありません。このクルマは『ABARTH 500』のレース仕様である『ABARTH 695 ASSETTO CORSE(アセットコルセ)』が持つ速さや楽しさを、ストラダーレ(=ストリートカー)として再現したようなもの。

公道仕様なのでロールケージが車内全体に張り巡らされてはいませんが、代わりにリアシートがあった場所には剛性を高めるためのチタン製の太いバーが備わり、オーディオどころかエアコンまでも排除され、ボンネットはアルミ製に、そして細かいところではホイールのボルトがチタン製に換えられるなど徹底的な軽量化が行われています。結果、車重はスタンダード版の『ABARTH 500』と較べて50kg以上も軽くなりました。日本仕様では計測と表示のレギュレーションが異なることもあって1060kgと記載されていますが、本国の数値では997kgという1トン切りをモノにしています。

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もちろんパフォーマンス追求のための方法は、ほかにも数限りなく加えられています。エンジンは1.4リッターの排気量のまま、レース仕様と同じ190psへとパワーアップ。ただし最高出力の発生回転は1000rpmほど抑えた5500rpm、また最大トルクも5kgmほど低い25.5kgm/3000rpmへと、公道を走ることを意識したチューニングとされています。

サスペンションやブレーキなどのフットワーク系も、もちろん重要なポイントです。基本形式こそ変更はありませんが、ダンパーはエクストリーム・レーシング・ショックス製の、フロントは車高調整機能のある減衰力可変式、リアは別体のリザーブタンク付きの減衰力可変式。ブレーキは前後ともドリルドディスクで、フロントにはBrembo(ブレンボ)製の4ピストンキャリパーが備わります。そしてスペックシートには特筆はされていませんが、当然ながらスプリングやブッシュ類も、スタンダードな仕様とは異なっているでしょうし、1420/1410mmとフロントのトレッドが5mm広がっていることからも、基本セッティングそのものが見直されていることが想像できます。

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トランスミッションとLSDの組み合わせは、2種類が用意されています。ひとつは他のABARTH同様にシンクロ付きの5速MTと電子制御デフを組み合わせたもの。もうひとつはノンシンクロのドグリング式5速MTに機械式LSDを組み合わせたもの。日本仕様では、シンクロ付きの5速MT搭載車は標準仕様として位置づけられてより日常的に『BIPOSTO』のパフォーマンスを楽しみたい人に向けた仕立てとされ、またドグミッション搭載車はフルスペック仕様と呼ばれ、むしろサーキットやワインディングロードを深く堪能できるような仕立てとされています。今回のクルマは、そのフルスペック仕様です。

ABARTHマイスターである眞貝選手に語っていただく『695 BIPOSTO』のドライビングインプレッション。申し遅れましたが、聞き手は僕、自動車ライターの嶋田が担当させていただきます。ちなみに僕も、イタリアはバロッコのテストコースで標準仕様に近いモデルをテストしていますし、眞貝選手同様、鈴鹿でフルスペック仕様にも試乗させていただきました。

ドグミッションは確かに素早くて気持ちいい。けれど・・・。

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――眞貝さん、『695 BIPOSTO』のパフォーマンスだとか乗り味って、いろんな意味で他の『ABARTH 500』シリーズから頭ひとつポコンと飛び抜けてる感じを僕は受けたんですけど、眞貝さんがラリーで走らせている競技車両と較べてみて、どうですか?

「いや、やっぱり競技車両とは違って、明らかにストリートカーですね。競技車両は、ひと言でいっちゃうと、あらゆる部分が勝つという目的に向けて作られているクルマだから、そのためにやるべきところは徹底してやってあるし、切り捨ててもいいところは切り捨てられているし、考える必要のない部分は考えられていない。クルマとしてはかなり特殊なんですよ。『BIPOSTO』は確かに特別なモデルであって、パフォーマンスは相当なレベルまで引き上げられてるし、エアコンだとかオーディオだとかも切り捨てられてはいますけど、そういうふうには特殊じゃありません。ただし、これまでの『ABARTH 500』シリーズ、595だったり695だったりとは、明らかに違うテイストが与えられています。新しい次元に入ったっていう気がしますね。」

――同感ですね。おそらく皆さんが気になってるのは、「加速はどうなの?動きは軽いの?足周りはどうなの?ドグミッションってどうなの?」っていうところだと思うんですけど、ちょっと具体的にいきましょう。まず、エンジンが最も標準的なモデルと較べて55ps、595と較べて30ps高い190psです。

「そこまでパワーが上がっているわりには、とても扱いやすいですよね。トルクも意外や低速から出てる。上までフラットに元気よく回るけど、基本的にはトルクは絶え間なく出てる感じです。でも、スロットル開度の小さいところから踏み込んでいくとそれなりにバーンとトルクが出る感じがするから、チューニング・エンジンだな、っていう雰囲気はありますね。もしかしたら、そこは上手に演出されてるのかも知れないけど。でも、そういう扱いやすさのあるエンジンだから、比較的どこからでも速さを引き出せる。加速は市販のABARTHの中では目に見えて鋭いです。1.4リッターのクルマの加速じゃないですよ。」

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――そのパワーとトルクをつないでいくトランスミッションですが、今回のフルスペック仕様にはドグミッションが積まれています。

「実は僕も、最初、慣れるまではちょっと時間がかかりました。ゲートが切ってあるから、2速から3速みたいにゲートの列をまたぐところでは、ちょっとコツというか慣れが必要だな、と感じましたね。でも、やっぱり全開で走ってるときには抜群にいい。スパッと素早く、吸い込まれるようにギアが入る。これは本当に気持ちいいですね。一方で、一般道でゆっくり走るときには、相当に気を使います。シフトのアクションそのものは素早くしないとギアがすんなりと受け付けてはくれないから、走るスピードは周囲に合わせてゆっくりだけど、それでもトルクは滑らかにつなげていきたいということになると、慣れるまでは操作のタイミングがかなり掴みにくいです。やっぱりハイペースで走るためのトランスミッションですよ。」

――僕はシンクロ付きの通常の5速MTのモデルも試乗していて、シンクロ付きしか乗ったことがなかったときには一度も意識したことすらなかったんですけど、確かに較べてしまうと、シンクロ付きはドグよりもほんの僅かに変速がもたつくというか、ほんの一瞬タメが必要な感じを受けるときもありますね。コースをハイペースで走るような場面では、やっぱりドグの方が素早く変速できるし、そこは抜群に気持ちいい。そこに楽しさがあったりもする。でも、街乗りするには圧倒的にシンクロ付きかなぁ・・・。

「そうですね。サーキットを走る頻度の高い人、なおかつドグはシフトが上手にできずに無理にギアを入れてばかりだと破損させちゃう可能性があるから、ちゃんと操る自信のある人。そういう人はドグを選ぶのがいいでしょうけど、それでも街乗りが多い人には通常のミッションの方がいいと思います。実際にサーキットのラップタイムがどれだけ違うかといえば、実質的にはそれほどは違わないはずだから、街乗りとサーキット走行のどっちの割合が多いかで決めるのもいいでしょうね。」

足さばきの熟成感。これこそが『BIPOSTO』最大のトピック?

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――『BIPOSTO』は、スタンダード版と較べて50kg以上も軽くなってます。それ、やっぱり活きてますよね?

「単独でコースを走らせていると判りにくいところもあるんですけど、他のABARTHと一緒に走ると、圧倒的にコーナリングスピードが速いんですよ。特にコーナーの進入でシューッと追いついちゃう。もちろんブレーキの違いもあるんでしょうけど、こういう場面では間違いなく軽さが活きてることを実感できますね。」

――コーナー、進入だけじゃなくて旋回中から脱出まで、満遍なく確実に速くなってますよね。

「そうですね。でも、それより感動的に感じられたのは、コーナリングのときのクルマの動きですね。これはドグミッションを採用してることより、実は重要なトピックかも知れない。(笑)」

――あ、それ、解るような気がします(笑)。自動車雑誌とかでいわれる“限界”の辺りの動きとか・・・。

「そこから先の味みたいなものに、今までのモデルとは段違いの熟成感があるんですよね。もちろんロールの量そのものも少なくなってるんですけど、ロール量は他のABARTHでも充分に抑えられているのでいいとして、ロールしきったかなというところまで来て、そこから先のしなやかさというか余裕感というか、そこに懐の深さがある。コーナーに入りました。クルマがロールしました。車重とタイヤのグリップ性能と遠心力とが完全に釣り合った状態です。これがいわゆる“限界”で、サスペンションとしては物理的にもいっぱいいっぱいの状態に近いわけですから、普通はこういう状態のときに、たとえば路面の“うねり”なんかに遭遇すると、サスペンションが吸収しきれなくて挙動が乱れたりしちゃうんですよね。でも『BIPOSTO』は、この段階でも足がしなやかに動いてる感じ。多少の外乱が入っても、どっしりと受け止めてくれるんです。充分にコントロールの余地が残されてる。」

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――そうですね。595とかESSEESSE KONIキットとかのFSDダンパーもなかなかいいバランスを見せてると思うけど、確かにそういう動きはないです。コーナーのイン側が伸びきってアウト側が縮みきっちゃった状態、ストロークを使い切っちゃった状態で段差や路面の大きなうねりに乗ると、クルマの姿勢は瞬間的に乱れますもんね。まぁ電子デバイスの出来がいいから、基本的には何事もないわけですけど。エクストリーム製のダンパーってかなり高価なはずだけど、やっぱりそれが効いてるんでしょうね。

「もちろんダンパーも効いてるんでしょうけど、そのストローク量とかロールしきった先のバンプタッチの仕方、バンプラバーの設定がかなり巧みというか、“エキスパートが作りこんだんだなぁ”という感じがしますね。競技車はともかく、市販車でここまでバンプラバーの設定にこだわったクルマは、今まで他に見たことがありません。細かい部分ですからね。それにリアシートがあったところに入っている補強のバーの影響も大きいのだろうけど、リア周りの剛性が上がっていることもあってか、リアの動きのコントロールが物凄くしやすいんですよ。鈴鹿でいうとスプーンとか130Rとか、超高速からのコーナーでも余裕でリヤを流して進入していけます。周りからは“やっぱりラリー屋の走りだな”と思われちゃったかもしれないけど(笑)。これなら電子デバイスの効き始めをもう2〜3段階奥に持っていってもいいんじゃないかと思えるほど、シャシーのメカニカルグリップの完成度はかなり高いです。自分のABARTHもこうしたいぐらい(笑)。」

──足周りだけじゃなくて、総体的に見て完成度はかなり高いですよね。スペックを見るとかなりハイチューンな感じを受けるのに、基本的には乗りにくさが微塵もないし。僕はそんなところに、ABARTHがストリートカーを作るときの“乗りやすさこそが速さと安全性に繋がる”というような、伝統的な哲学を感じたりしています。

「そうですね。いかつい見た目やタイヤの薄さからすると、もっとカキンコキンの過激なヤツを想像しがちだと思うんですけど、スパルタンっていう印象を、僕はこのクルマからは受けないですね。驚くほど乗りやすい。だからコースを走っていると、どんどん奥まで行けちゃう気がする。ドライバーをヤル気にさせて、どんどん挑戦してこい!って言ってくれてるような・・・。ABARTHはスタンダードモデルでも走らせたら本当に楽しいし、充分に速いクルマではありますけど、『BIPOSTO』はその究極系ですよ。走りを楽しむという点においては、これ以上のABARTHはないでしょう。」

もしもカルロ・アバルトが生きていたなら・・・?

速くて楽しいスポーツモデルでありながらちゃんと実用性を確保していて、クルマ好きがクルマに望む大抵のことを1台でこなせるところが美点である『ABARTH 500』シリーズの中にあって、『BIPOSTO』はかなりハードコアな存在ではありますが、エアコンやオーディオなどのアメニティがないことに納得できるなら、そして通常の5速MTモデルなら──あるいはドグミッションを扱いきれるなら、基本的な実用性を享受することはできると思います。けれど、皆さんが想像されるとおり、『BIPOSTO』の真髄はそこにはありません。細かく観察すればするほど、走らせてみれば走らせてみるほど、走ることの楽しさと痛快な速さを追求するために妥協せず手を加えられてるな、という印象が強くなる一方です。

数年前になりますが、ABARTHの創設者であるカルロ・アバルトの人となりを取材するために、イタリア各地に住む関係者の皆さんに話を聞いて回ったことがありました。そのときにお会いした皆さんがクチを揃えていっていたのは、「彼はクルマを速くすることばっかり考えてた。クルマを速くするために、ちょっとしたことであっても妥協することをひどく嫌った」ということでした。

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歴史の“if”に意味があるかどうかは解りませんが、「もしカルロ・アバルトが今も健在で、現代版チンクエチェントをベースにスペチアーレ(=スペシャルモデル)を作ろうとしたら、きっとこういうクルマになるんじゃないか?」なんて感じています。そう考えると、『BIPOSTO』がますます魅力的に思えてくるのは、クルマ好きの性(さが)みたいなものなんでしょうか・・・?

INFORMATION

★ABARTH ACTIVE DRIVING FAIR
9月5日(土)、6日(日)にABARTH正規ディーラーにて、個性豊かなABARTHのラインアップを紹介するフェアを開催。
>> https://www.abarth.jp/activedrivingfair/

★<695 BIPOSTO CARAVAN>が開催中!
『ABARTH 695 BIPOSTO 』が、9月以降も順次、全国のショールームに登場。
>> https://www.abarth.jp/bipostocaravan/

★『ABARTH 695 Biposto 』の詳細はこちらから
>> https://www.abarth.jp/695biposto/

嶋田智之さんによる『ABARTH 695 Biposto』レポートはこちらから
>> https://www.abarth.jp/scorpion/driving_fun_school/4862

★安心と刺激に満ちたカーライフを。
2015年7月1日以降にABARTH各車を成約かつ登録した場合、メンテナンスプログラム『Easy CARE』を0円でご提供!
>> https://www.abarth.jp/offer/

Edit & Text:嶋田智之
Photos:YosukeKAMIYAMA