ヴェルナスカ・シルバーフラッグのアバルトたち

今も昔もフェラーリの聖地であるモデナや、かつてのマセラティ生誕の地であるボローニャと同じく、北イタリアのエミリア・ロマーニャ州に属するピアチェンツァ市。さらにその近郊にある、人口わずか2,500人足らずの田舎町“ヴェルナスカ(Vernasca)”は、毎年6月中旬の週末だけ、イタリアのみならず世界中のエンスージアストの注目を浴びることになる。それは例年、この時期のこの町を舞台にクラシック・レーシングカーによるヒルクライム“ヴェルナスカ・シルバーフラッグ”が開催されるからである。

かつてのヨーロッパでは、ヒルクライム競技がサーキットレースにも負けない人気を誇り、国際自動車連盟(FIA)の正式な欧州チャンピオンシップが懸けられていた時期もあった。また1953年から1972年に至るまでの20年間には、この地でピアチェンツァ自動車クラブの主催によるヒルクライムが行われ、アバルトをはじめとする当時のメーカー系ワークスチームもこぞって参加。素晴らしい熱戦が繰り広げられたという。そして1995年、ピアチェンツァ・ヒルクライムを復活させるかたちで誕生したクラシックカー・イベントが、“ヴェルナスカ・シルバーフラッグ”なのだ。

“ヴェルナスカ・シルバーフラッグ”は、往年のピアチェンツァ・ヒルクライムとほぼ同一の公道コースを使用する。同じくピアチェンツァ郊外にある山麓の小村“カステル・アルクアルト”からスタート。美しい丘陵地帯を抜ける約8.5kmの一般公道を一気に駆け上り、ヴェルナスカのゴールに至る。クラシックカーとはいえ、その競技は真剣の一言。200台以上にも及ぶエントリー車たちは、車齢をまるで感じさせない驚くべきスピードでタイトな峠道を駆けあがってゆく。

スタート地点に設けられたパドック。珠玉のアバルト製レーシングプロトタイプたちが、来るべき闘いに備える。

このヒルクライムでは毎年メインテーマが設定され、そのテーマに即したマシンが主役を務めることになる。2010年にはアバルトがメインフィーチャーされ、実に75台もの歴代アバルトがエントリーしたという。
ちなみに今年のテーマは「Best of British」。読んで字のごとく珠玉の英国車たちがフィーチャーされることになったのだが、そこはやはりイタリアのイベントである。
今年も“VETTURE TURISMO(ツーリングカー)”、“VETTURE GRANTURISMO(GTカー)”、“VETTURE SPORT(レーシングスポーツカー)”、“VETTURE PROTOTIPO(スポーツプロトタイプ)”、“SPORT 2MILA LE REGINE DELLE SALITE(ヒルクライムの女王となった2リッター級プロトタイプ)”、そして “MONOPOSTO MOTORE POSTERIORE(ミッドシップ・フォーミュラカー)”の各カテゴリーに総計21台のアバルト車が大挙エントリー。
可愛らしい“1000TCベルリーナ”から、スポーツカー耐久選手権でも活躍した“3000V8プロトティーポ”、ヒルクライムで圧倒的な戦果を示した“1000SP”、現代の“フォーミュラACI-CSAIアバルト”の先祖に当たる“フィアット・アバルト・フォーミュラ・イタリア”、さらには“124ラリー・アバルトGr.4”などの魅力溢れる歴代アバルト車たちが、素晴らしい激走ぶりを見せてくれた。

そして、特にアバルト第一の黄金時代である1960年代を実体験した、あるいはその時代に憧れを持つファンたち、さらには日本から観戦に訪れた我々アバルト好きのメンバーをも完全に“ノックアウト”してしまったのである。

ザガート製アルミボディを持つ可愛らしいビアルベロたちが、パドックにズラリと並ぶ。

大会初日の早朝、パドックに現れた1966年型OT1300。目の覚めるようなスカイブルーが美しい。
アバルト創立直後となる1950年頃に製作された204A(あるいは205A?)ヴィニャーレ製ベルリネッタも表敬訪問。
いよいよスタートラインに立つ、1966年型フィアット・アバルト1000TCベルリーナ。
こちらも可愛らしい1000OTSクーペが、轟然としたサウンドとともにスタートしてゆく。
1979年型フィアット・リトモ75グループ2は、当時のアバルト技術陣によって開発された、立派なアバルトである。
美しくも可愛い1962年型ビアルベロ。迫力のDOHCサウンドが聴こえてきそうだ。
現役当時もヒルクライムで全ヨーロッパを荒らしまわった、1968年型アバルト1000SP。
アバルトがFIA世界スポーツカー選手権の総合制覇を狙った3リッター級マシン、3000V8プロトティーポも参加。
アバルトがレース活動をエンツォ・オゼッラに譲渡したのちのグループ6マシン、1972年型オゼッラPA1アバルト。
フォーミュラACI-CSAIアバルトの先祖に当たる入門用フォーミュラ、フィアット・アバルト・フォーミュラ・イタリアは、今回2台がエントリー。
スタートから約4.5km離れたカフェから観戦。マシンは現役時代にヒルクライムを席巻した1968年型2000スポルトSE010。
今回はなぜかフォーミュラカー・クラスに特別参加していた、フィアット131アバルト・ラリーGr.4。


闘い終わって日が暮れて……。初日はローマ時代の遺跡でディナー、翌日はヴェルナスカの古城でガラ・パーティと、お楽しみは連日連夜展開された。

ガラ・パーティ(正餐会)は、管弦楽団の演奏や花火まで披露される豪華なものだった。

“ヴェルナスカ・シルバーフラッグ”の知名度は、まだ日本ではゼロに等しい。しかし欧米では既に英国“グッドウッド・フェスティバル・オブ・スピード”や北米ラグナ・セカの“モンテレー・ヒストリックオートモビルレース”とも並び称される、世界的なクラシックカー・レースとして認知されているとのこと。

この素晴らしきヒルクライムを見るにつけ、アバルト人気の凄まじさと、イタリア自動車文化の豊饒さを今さらながら思い知らされる。そして、こんなイベントが日本でも開催できたら……、などという白日夢のような期待さえも抱いてしまったのである。