万年筆の基礎知識

前回は、万年筆の持つ独特の魅力についてご紹介した。
今回は、万年筆の基礎知識と題して、万年筆を選ぶ上での注意点を確認しておきたい。
今回も前回に引き続き、万年筆専門店である「フルハルター」の森山信彦氏にお話しを伺い、参考とさせて頂いた。

まず、なんといっても、そのペンの性格を大きく左右するのがニブ(ペン先)だろう。
ニブと組み合わせてインクをペンポイントへと導くフィード(ペン芯)も重要なパーツではあるが、近年はフィードの材質に特殊な素材を用いたペンはほぼ皆無に等しく、やはり調整いかんで書き心地に大きな影響を及ぼすニブが重要視されている。
では、このニブだが、ペンによってどこが違うのだろうか?
第一に素材が挙げられる。大抵の万年筆は、ゴールドかスチールのニブを備えている。一部に、特殊合金を採用したペンもあるにはあるが、それは少数派であえてそれがいいという人以外は、選択肢とはなりにくい。
では、スチールとゴールドでは、どちらが良いのか?
多角的に考えれば、やはり値は張るがゴールドをお勧めする。ご存知の通り、ゴールド(金)は、あまたある金属の中でも特別な存在である。延性・展性に優れ、熱や電気の伝導性も素晴らしく、耐腐食性に至っても文句のつけようが無い。つまり、加工における柔軟度に富み、サビに強く、万年筆のニブに用いた場合には独特のしなり、弾力感を生み出す。
現代の筆記用具の主流は、間違いなくボールペンだろう。ボールペンは、ペンの先に仕込まれたボールにインクを付着させ、そのボールを紙の上で転がすことで文字が書ける仕組みだ。だが、このボールを転がすためには、ある程度の力で紙に押さえ付けておかないとボールがうまく転がってくれない。そんな事情から、現代人の筆圧はドンドンと高まっている。そういった事情を踏まえ、現代の万年筆は、筆圧が高い現代人が使うことを前提に作られており、ニブは堅めに設定されている。これは、ゴールドのニブを持つ万年筆でも、大半のモデルがそうなっている。逆に言えば、それはあえて堅くしてあるのである。
反面、スチールのニブは、素材の特性上、セッティング云々の問題では無く、総じてニブの当たりは堅い。人によっては、「ガチガチ」とまで表現される程だが、ボールペンを使い慣れた人には違和感は少ない。だが、万年筆の旨味を味わうためには、少々もの足りない所があるのも事実である。というのも、万年筆の魅力とは、筆圧をかけなくてもインクが出て、軽い力で文字が書けるうえ、ニブのしなりを利用して「トメ」「ハネ」を美しく表現できる点にある。ニブが堅ければ堅い程、鷹揚のきいた文字は生まれにくい。そういう面では、堅めとはいえ、弾性に富むゴールドのニブの方が旨味を堪能できるだろう。
そして、せっかく手に入れた万年筆は、ぜひとも末永く使って欲しい。その理由は前回お話しした通りで、万年筆とは使い手の手に合わせて成長し、使えば使う程、体の一部の様に馴染んでいく道具であるからだ。永く使ってこそ、その真価を発揮する万年筆のニブが、スチール製というのはいささか心許ない。ペン先へと流れるインクは、水性であり、水分は鉄を腐食させる要因に他ならないからだ。
ゆえに、せっかく万年筆を手に入れる、そしてそれを楽しみ尽くすのであれば、ここは奮発してゴールドのニブを選びたい。初めて万年筆を手にするのであれば、逆に安価なスチールニブのペンを選び、万年筆を勉強してから、理想の1本を選ぶという手ももちろん有りだ。
そして付け加えるならば、ゴールドのニブにも、14金、18金、24金など、金の含有量によるバリエーションがある。一般的には、金の含有率が高い(数字が大きい)方が、弾性やしなりに富むのだが、ニブの形状いかんでその特性はいかようにも変化するので、そこはあまりこだわらなくてもいいだろう。

そして、2番目にこだわりたいポイントは、インクの吸入方式だ。
大雑把に分けると、インクの吸入方式にはカートリッジ式(両用式)と、ピストン吸入式とがある。
カートリッジ式とは、インクが充填されたカートリッジを差し込んで使用するタイプで、使い勝手が良く価格もこなれている傾向にある。
それに対し、ピストン吸入式とは、万年筆の内部にピストンを備え、万年筆の尻軸(ペンの後部)を回してインクをボトルから直接吸い込む方法のモノ。こちらは、インクを多く溜め込む事ができる反面、インクの補充はちょいと面倒。扱いにも、最初は緊張する。
だが、どちらがお勧めかと言えば、断然ピストン吸入式だ。理由は明快。カートリッジ式の場合、インクはカートリッジからペン先へと一方方向にしか流れない。対して、ピストン吸入式の場合は、インクを吸入する際にペン先からペン本体方向へ向かってもインクないし、洗浄用の水を流す事が可能だ。
つまり、クリーニングという観点から言えば、ピストン吸入式が勝るという訳だ。たかがクリーニングと思われるかも知れないが、これは非常に重要なメンテンナスだ。水性インクの中には、インクの色を出すために顔料が含まれている。インクの水分は徐々に蒸発していくが、顔料はそのままペンに付着した状態で残ってしまう。永らく愛用していく内に、少しずつ顔料が蓄積していき、しまいにはインクが出なくなることすらある。インクフロー(インクの流れる量)を適正に保つためにも、クリーニングはマメに徹底して行いたいところだ。
ピストン吸入式の場合は、インクを補充するだけでも逆方向にインクが流れるので、顔料は蓄積しづらい。ちょっと扱いが不便だと感じられても、それは慣れるまでの最初の間だけのこと。次第に、インクを吸入するという「儀式」というとちょっと大げさだが、一連の「所作」が楽しみへと変わっていくハズだ。

そして、最後に取り上げたいのが、ニブポイント(ペン先の紙と接触する部分)の太さだ。
一般的に、「EF」(極細字)、「E」(細字)、「M」(中字)、「B」(太字)、「BB=2B」(極太字)、「BBB=3B」(超極太字)といった分類がなされる。どの太さを選ぶかは、個人の好みと用途によって決定するべきだ。
漢字は字画が多く、文字の構成も複雑。これまで、ボールペンに慣れ親しんできた人にとっては、最初は太字の万年筆は扱いづらいかも知れない。ゆえに、初心者には「EF」か「F」あたりの太さが馴染みやすいと思われる。
ただし、万年筆はニブポイントが細くなれば細くなるほど、紙の繊維にペン先が引っかかりやすくなり、ザラついた感触となりやすいのも事実だ。逆に、太字になればなるほど、ペン先の走りはスムーズで滑らかな書き味を楽しめる傾向にあるが、調整が不十分だとインク切れを起こしやすいのも事実である。

いずれにせよ、ニブポイントの太さは各人の好みと、用途を最優先して決定すべきである。そして、既成概念や自分の思い込みに左右されずに、まずはフルハルターの森山氏に相談してみて欲しい。
自分が思っていること、理想と考えていることと、現実とのギャップは少なからず存在するものだ。店頭で、様々なペンを手に取り、実際に文字を書いてみることで、初めて気がつくことは意外と多い。
長年、多くの万年筆フリークと対峙してきたプロの目が、きっとあなたに最適な万年筆選びを手助けしてくれることだろう。


ペリカンの中でも定番的人気を誇るモデルが、M400とM800。写真のペン先は、M400をベースに装いを改めたM425。M400のペン先が14金であるのに対し、M425のペン先は18金のロジウムメッキ仕上げとなる。一見、スチールニブのようだが、こういった装飾を施したペン先も多い。そして、このペン先はフルハルターにて「B」を「EF」にまで研ぎ出してもらったもの。細字であっても、研いで調整したペンは、引っかかりも少なく、「EF」としては驚くほどスムーズに筆記することが可能だ。


ペリカンのカートリッジ式万年筆であるペリカーノ・ジュニア。本来このペンは、学童用に作られたもので、そのポップなデザインが受けて日本でも老若男女を問わず人気を博しているモデル。だが、本当の目的は正しい万年筆の持ち方、扱い方を子供に教えるためのもの。独特の形状のグリップは、手を自然に添えるだけで、正しい万年筆の握り方が身につくように工夫されている。なお、写真のペリカーノ・ジュニアにはカートリッジの代わりに、コンバーターが装着されている。これは、簡易的なピストン式吸入をカートリッジ式のペンでも可能とするアタッチメントだ。インクの吸入量が少ないのと、趣きに欠ける点が難点か……。


M425のキャップを外し、尻軸を回したところ。この状態でインク瓶にペンの先を入れて、インクにペン先を浸し、尻軸を時計回りに回すことで本体内部のピストンが上昇し、インクが吸入される。逆に、尻軸が完全にねじ込まれ固定された状態から、反時計回りに尻軸を緩めていくと、ペン内部のピストンが下降し、ペンの中に残ったインクが排出される。水などで、吸入と排出を数回繰り返すことで、ペンの各部に溜まったインクのカスをクリーニングすることができる。インクの色を変える際には、洗浄は十分に行いたい。


パイロットのカスタム823。この万年筆は、カートリッジ式でもピストン吸入式でもない変わり種。プランジャー吸入式という吸入機構を採用し、尻軸と一体となった弁を押し下げることでペン内部を負圧状態にし、インクを吸い上げるという独特の手法でインクを補充する。ちょっとコツを要する吸入方式ながら、インクをかなり多めに蓄えることができる。一般的ではないが、これはこれで面白いペンだ。


前回から引き続き、お話しを伺った森山信彦氏。かつてはモンブランで腕をふるい、約17年間に渡り、あらゆるカスタマーの要望に応え続けてきたマイスター。現在は、フルハルターを開業し、万年筆を愛して止まない愛好家だけでなく、これから万年筆を使い始めたいという人々に、最適の1本を提供するお手伝いをしている。完全調整済みの万年筆を、定価で販売するというのがポリシーで、各人によって異なる嗜好を汲み取り、万人が幸せになれる万年筆の販売を行っている。最良の1本を求めて、全国各地から森山氏の所へお客さんが訪れ、その信頼は厚い。



万年筆の専門店 フルハルター
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