「魔術師」のマジックが蘇った日 ABARTH DAY 2016

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2016年10月の最終日曜日は、ヨーロッパのアバルティスタ、つまりアバルト乗りにとって特別な一日だった。英国(シルバーストーン)、ドイツ(ニュルブルクリンク)、スペイン(ナヴァーラ)そしてイタリア(タツィオ・ヌヴォラーリ)計4サーキットを舞台に、ブランド主催のファンミーティング「アバルト・デイ」が同時に開催されるのだ。

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会場では最新のアバルト各車で、公道・サーキット双方をテストドライブする企画が設けられた。人気はやはり アバルト 124 スパイダー で、朝から順番待ちの長い列ができた。

そのひとつであるイタリア会場を訪れるため、ミラノから南に70km・北部パヴィア郊外を目指して走る。一帯は朝から、秋の北イタリア名物である濃霧に見舞われていた。やがて霧が晴れたところで眼前に広がったのは、信じられないような光景だった。

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開門は朝8時。しかし10時過ぎになってもゲート前には、おびただしい数のサソリたちがエントリーを待っていた。ただし、ドライバーはイタリア人おきまりのホーンを鳴らすことなく、待ち時間も仲間たちとアバルト談義を愉しんでいた。

パダーニャ平原の田園に、無数の新旧アバルトが列をつくっている。彼らは、サーキットの開門前から待っていたのだった。想定以上の来場者に交通整理に駆けつけたカラビニエリ(イタリア軍警察)は、想像以上の数の車に、てんやわんや。イタリアのアバルト・クラブ有志もボランティアで誘導にあたっている。自ら楽しむだけでないボランティア精神もアバルティスタたちは持ち合わせている。

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イタリア北部パヴィアのサーキット「タツィオ・ヌヴォラーリ」に集結したスコーピオン・ファンの愛車。2016年10月29日。

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エントランスで歓迎してくれたスタッフ。いっぽう周辺では「アバルト・クラブ・ローマ」などイタリア各地の愛好会メンバーが、ボランティアで会場や周辺道路の誘導にあたった。

サーキットには本格レースさながらの軽快なイタリア語アナウンスが響くものの、クロージングの表彰式以外、仕切りは皆無だ。各自予約した時間にサーキット走行を堪能する、という大らかなプログラムである。

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タツィオ・ヌヴォラーリ・サーキットは、自動車エンスージアストのイタリア人実業家の手で2014年オープンしたばかりのコース。トリノ、ミラノそしてジェノヴァ各都市からアクセス容易だ。

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コースは1周2.805キロメートル。先日アバルトを手に入れて今日サーキットデビューを果たした若者も、かつてプロとしのぎを削っていた老ジェントルマン・ドライバーも一緒に楽しめるのがアバルト・ワールド。

もちろん、走行の前後にもゲストたちが楽しめるよう、アバルト・ブランドによって、場内に豊富なアトラクションが用意されていた。話題の アバルト 124 スパイダー を用いた郊外テストドライブや、プロ・インストラクターによる同乗デモには絶えず長い待ち列ができ、同モデルへの高い関心が窺えた。

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創始者カルロ・アバルト時代のコンペティション・カーも有志たちの協力で姿を現した。いずれも展示だけでなく、各オーナーたちによって勇ましい走りが披露された。

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今年夏発売された アバルト 124 スパイダー は、引き続きスター状態。いち早く手に入れてドライブしてきたオーナーは、来場者から羨望の眼差しを浴びていた。地元アバルト・ディーラーの展示でも記念撮影するファンが絶えず。

オフィシャル・マーチャンダイジングのテントも盛況だ。手に入れたばかりのウエアを早速着て喜ぶファンたちの笑顔は、まるで少年である。チェック&メインテナンス・コーナーにも人々が次々と訪れる。ただアドバイスを聞くだけでなく、プロメカニックと議論に発展してしまうところが、いかにも話し好きのイタリア人らしい。

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オフィシャル・マーチャンダイジングのテントも活況を呈していた。多くのファンは、次のクラブ・ミーティングに購入したウエアを颯爽とまとって現れるに違いない。

パドックに集う参加者たちに声をかけてみる。パルマからやってきたアレッサンドロ・コッラ氏がドイツ製ハイパフォーマンス・カーからアバルト595に変えた理由は、「家族も乗せて、一緒に走りを楽しめるから」という。なるほど、こうしたアバルトを選択する理由もあるのだ。ちなみに彼はプラモデル・ファンでもあるという。「日本の模型メーカーが造った往年の名作アバルト1000は、最高だよ」と、アバルト談義は限りなく続く。

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「ドイツ製スポーツカーからアバルトにしたと」いうアレッサンドロ・コッラ氏。レンズ飛散防止のテープが、かつての週末レース風でいい味を醸し出す。

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アバルトが一見キュートなコンパクトカーのように見えて、アクセレレーションペダルを踏むやいなや韋駄天の如く変貌するのと同様、アバルティスタは「走り」だけでなく、ユーモラスな一面をもつ。

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アバルティスタはクールで孤独なレーサー、というのは大間違い。家族参加も少なくない。アレッサンドロ&タニータ・リッツァ夫妻は生後3ヶ月のトマーゾ君を伴ってやってきた。「アバルトは最高にファン・トゥ・ドライブ。かつ納得できるプライス」とファミリーならではの冷静な分析をしてくれた。

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アレッサンドロ&タニータ組がリアウィンドーに貼っていたステッカー。アバルティスタ育成も早期教育がベター?

国境越え組もいる。フランスのプロヴァンス-アルプ-コートダジュール地方を拠点とするクラブの会長パニッツォリ氏(26歳)にアバルトの魅力を聞くと、「多彩にカスタマイズができることさ」と即座に答えてくれた。そしてこう付け加えた。「メンバーの中だって、同じ仕様やカスタマイズの車が、1台とないのさ」。個性を尊ぶフランス人らしい見解である。

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国境を越えてフランスからやってきた「アバルトクラブ・プロヴァンス-アルプ-コートダジュール」のメンバーたち。なお今回イタリア会場の参加は500台。計4カ国のサーキットを合わせると1100台・3500人ものファンで賑わった。

「今日が初めてのサーキット走行」と興奮とともに語る若者がいる傍らで、伝説のドライバーも熱い走りを披露した。かつてさまざまなラリーを戦ったマウリツィオ・ザルノッリ氏もそのひとり。華麗なランを終えて車を降りると、さっそくファンたちからサインを求められていた。

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数々のラリーに加え、フォーミュラ・インディーも駆り、現役時代「ウルフ(狼)」の異名で知られたドライバー、マウリツィオ・ザルノッリ氏(左)。ファンにサインで応える。

いっぽうで、マリオ・ジャンニ氏は、「学生時代は、大学の試験とレースの繰り返しだったよ」と若き日を振り返る。やがて卒業後1970年代に薬剤師となってからも、イタリア・フォーミュラ・トロフィーをはじめとするレースで争ってきた人物だ。「あの頃は、のちにF1ドライバーとなったブルーノ・ジャコメッリ氏をはじめ数々の名ドライバーと競ったものさ」と誇らしげに語る。ウィークデイと週末。ふたつの顔をもつジェントルマン・ドライバーだったのである。

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マリオ・ジャンニ氏。薬大生時代からレースに没頭。1970年代にイタリア・フォーミュラ・トロフィーをはじめとするレースで、名ドライバーたちと戦ったジェントルマン・ドライバーだ。

ちなみに、往年のドライバーたちに共通しているのは、たとえ高齢であっても颯爽としていることだ。「愛の妙薬」とは、ドニゼッティによる有名なオペラのタイトルだが、アバルトには「若返りの妙薬」がブレンドされているとみた。

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文中に登場するファンも語っていたように、アバルトの楽しみは、豊富なパーツやアクセサリーによって、無限大ともいえるモディファイやドレスアップを楽しめること。自分以外の車の出来栄えを鑑賞するのも楽しみのひとつだ。

若者に話を戻せば、スイス国境に近いヴァレーゼから来たクラブメンバーは、こう熱く語った。
「サーキットを本格的に堪能できて、その車で家まで帰れるのが痛快じゃないか!」

ジェントルマン・ドライバーしかり、コースからそのまま乗って帰れる車しかり。それは、かつて創始者カルロ・アバルトが描いたハイパフォーマンス・カーの世界そのものではないか!「チューニングの魔術師」と呼ばれた彼が理想としたカーライフはその週末、見事に蘇っていたのだった。

Report 大矢アキオ Akio Lorenzo OYA
Photo Akio Lorenzo OYA / Mari OYA

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