フィアット・アバルト695 SS|アバルトの歴史を刻んだモデル No.031

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1965 FIAT ABARTH 695 SS
フィアット・アバルト695 SS

栄光の「695」の起源

アバルトのラインアップの中で、フィアット500をベースとしたモデルの最強力版に与えられる栄光の名称が”695”だ。本連載でも紹介した「695トリブート・フェラーリ」「695エディツィオーネ・マセラティ」、そして「695ビポスト」といったモデルの名はアバルトを愛するエンスーであればご存じのことだろう。

これらの現代版“695”の起源となるのが、1964年3月のジュネーブモーターショーでデビューしたフィアット・アバルト695だ。こちらも当時のフィアット500をベースとし、アバルトの技術を駆使したチューニングにより、極めてホットな仕立てとされていた。

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フィアット・アバルト695登場時に用意されたカタログ。3色刷りの1枚もので両面印刷の2ページ構成だった。写真のモデルはベースグレード。

当時、アバルトはフィアット500Dをベースに排気量を595ccまで高めた高性能モデルとしてフィアット・アバルト595をいち早く送り出していたが、それに加えて695を送り出したのには理由があった。それは、当時のツーリングカーレースのカテゴリーに700cc以下というクラスがあり、レース至上主義のカルロ・アバルトはこのカテゴリーに参戦するため、最大限のパフォーマンスを狙って排気量をぎりぎりまで高めたモデルを用意したのだ。それが695だったのである。

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695 SSのリヤに積まれるエンジン、ティーポ206Aユニットは689.548ccの排気量から38HPを発揮。写真の車両はアセットコルサ仕様でツインチョークのウェーバー40DCOEが組まれていた。

エンジンのボア×ストロークは76.0×76.0mmに拡大し、排気量は689.548ccまで高められた。この排気量の拡大に加え、圧縮比を8.5:1まで高め、ソレックス28PBキャブレターを組み合わせることで最高出力30HP/4900rpmを達成した。さらに強力版となるSS(エッセ・エッセ)バージョンも用意され、そちらは圧縮比を9.8:1まで高めるとともに、ふた回り大きなソレックス34PBICキャブレターを組み合わせ、最高出力はベースとなったフィアット500Dの倍以上となる38HP/5350rpmを発揮するに至った。

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1969年版695のプライスリスト。デビューした1964年以降にイタリアでインフレが進んだため、695 SSアセットコルサは92.5万リラまで上昇している。下段はオプショナルパーツのリストで、ステアリングや軽量アロイホイールなどが用意されていた。

ちなみに当時の価格は695のベースモデルが64万リラ(約64万円)、695 SSは695の語呂合わせとなる69.5万リラ(約69.5万円)に設定された。現在の目で見ると安く思えるが、1964年当時、日本の大卒初任給が約2万円だったのを考えると、695SSは現在だとおよそ700万円相当の高価なクルマだったのである。

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インテリアには595から始まる一連のデザインのメーターナセルが組み込まれ、アバルトが手掛けたモデルであることを主張した。

1965年9月には、フィアット・アバルト695 SSにレース用に作られた新たなバージョンが追加された。その名は「695 SS アセット・コルサ」(イタリア語でレ―ス用セットの意)。この新タイプはトレッドを拡大(前:1121mmから1161mm、後:1135mmから1175mm)し、10インチ径のワイドホイールを採用するとともに、強いネガティブキャンバーを付けてコーナリング性能を高めた仕様だった。

また、ボディが変更されたことも見逃せないポイントだ。以前は後ろヒンジの(ドアの前側が開閉する)フィアット500Dをベースとしていたが、この695 SS アセット・コルサからベース車は前ヒンジで一般的な開き方をするフィアット500Fに変わっている。

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695 SSアセットコルサは低められた車高と拡大されたトレッド、それに伴うオーバーフェンダーが独自のオーラを放っていた。ホイールは10インチ径のワイドタイプを採用していた。

こうして送り出された695 SS/695 SS アセット・コルサは、カルロ・アバルトの狙い通りイタリアを始めとするヨーロッパ各国のツーリングカー選手権の700cc以下クラスで活躍し、数多くの栄光をトリノに持ち帰ることに成功した。もちろん一足先にデビューしたフィアット・アバルト595も600cc以下クラスを席巻したのはいうまでもない。

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メーターナセルは左に回転計、右に速度計、中央には燃料計と油圧計が配される。いずれもイエガー製。回転計と速度計の中央部に加飾を施すのは、当時のアバルトのお決まりの手法だった。

その後フィアット・アバルト695には、燃焼効率を高めてパワーを稼ぎ出せるクロスフローの半球形燃焼室を持つテスタ・ラディアーレ・シリンダー・ヘッドや、ブレーキの制動力を高めるディスクブレーキが用意され、より戦闘力を高めていった。こうしてパフォーマンスをさらに高めたフィアット・アバルト695は、ツーリングカー選手権700cc以下クラスで王者の座をより強固なものとした。

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カタログの裏面は車両の概要と695および695 SSのスペックが記されていた。

フィアット・アバルト695は“最速の小型車”としてクルマ好きの間で人気を集め、究極のエンスー車としての評価を得ることとなった。それは数十年経過した今でも変わらず、アバルトファンの間で熱い支持を集めている。そして、アバルトは自らが歩んできたヒストリーのリスペクトから、今なお「695」の名を特別なモデルにのみ与え続けているのである。

1964 FIAT ABARTH 695 SS

全長:3025mm
全幅:1320mm
全高:1325mm
ホイールベース:1840mm
車両重量:500kg
エンジン形式:空冷並列2気筒OHV
総排気量:689.548cc
最高出力:38HP/5200rpm
変速機:4段マニュアル
タイヤ:125SR12/135SR12
最高速度:140km/h